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「……これでリアーヌは平気ね?」
「――この話に関しちゃな?」
その言葉に、部屋の中にピリリッとした緊張が走る。
「……やっぱりファルステル家はダメ?」
「ああ、嫌な感じだ」
「極力接触を避けているのに、それでもダメなのねぇ……?」
「ダメだなぁ……?」
「これは、こっちからなにかしないとダメなパターンなのかしら?」
「いや……それもそれで良い感じはしねぇんだよなぁ……」
困り顔でガシガシと頭を掻きむしるサージュを横目に、リエンヌはテーブルの上に肘をつき、その手をこめかみに当てて目を閉じる。
そしてほんの少しの時間の後、ゆっくりと口を開いた。
「……きっと王妃が動くの。 実行犯は別かもしれないけど、その人を動かすのは王妃なのよ」
「……そうなのか?」
「多分ね? 豪華な扇子で顔を隠してる偉そうな人が、あの女の子の後ろで高笑いしてるのよ……今日、挨拶した時の背格好とも合うし、声も似てるから間違い無いと思うわ? ……顔は見えないんだけど……」
「王妃は敵か……――あー、敵だなぁ。 リエンヌの見えてる女は王妃で間違いなさそうだぞ?」
サージュの言葉に「そう!」と、言いながら顔を明るくしたリエンヌだったが、すぐさまその顔を不安そうに歪めてしまう。
王妃――この国で一番高貴とされている女性が敵なのだ、ということを改めて認識してしまったからなのかもしれない。
「うまくやれるかしら……?」
「……敵がデケェからなぁ?」
「――この国で一番よ?」
「……ちょっとずつやるしかねぇさ。 この家に来た時と同じだ」
「……そうね? あの時だってなんとかなったんだから、今回だって……!」
「だな。 あん時よりずいぶんマシだ。 俺もお前も貴族。 リアーヌにも貴族の婚約者――味方だって大勢増えた」
「そうよね! それにこれを乗り越えなきゃリアーヌが幸せになれないんだもの……絶対に乗り越えなくっちゃ!」
(……おっと? それはつまり――私の悪役令嬢への転職が水面下で進んでいるということでしょうか……?)
両親たちの会話を聞いていたリアーヌはその内容に、ヒクリと頬をひきつらせた。
しかしリアーヌが口を開く前に、唸り声のようなため息がサージュの口から漏れ出ていた。
「……こっちを解決すりゃすぐに違う問題が出てきて、潰す順番間違えりゃこっちまで共倒れ……なのに、そこを潰さねぇと大奥様がマズかったり……あんときもイライラさせられたが、今回も相当だぞ……」
「それでも上手くやれたじゃない。 だから今回だってきっと平気よ。 ね?」
リエンヌはそう言いながら隣に座る夫に手を差し出す。
その手をギュッと握り締め返しながら、サージュはリアーヌとザームに視線を流した。
そして力強く頷き返す。
「当たり前だ。 うちの子たちは幸せになる――これは絶対だ!」
「そうよね!」
その言葉がギフトによるものだったのか、それとも二人の願望だったのか、それはリアーヌたちには分からなかったが、やはり受ける安心感は大きく、ホッとしたようにクスクスと笑いながらザームと顔を見合わせた。
そしてその会話を聞いていた使用人たちも、安心したように頬を緩ませるのだった――
「――なぁ、俺たちも旅行に行ってみないか?」
「急になぁに?」
「いや、リアーヌはアウレラに行くだろ?」
「うちにとってもリアーヌにとっても良いことが起こるわよー?」
「そりゃ良いんだが……ザームだってどこかに連れてってやりてぇし……――俺たちだって旅行の一つくらい行ったって良いんじゃねぇか……?」
チラチラとリエンヌの反応を確認しながらサージュは提案する。
その言葉には、なんの嘘もなかったが――どちらかというとサージュ自身が(俺だって旅行の一つぐらい……)と、強く希望しているようだった。
「……確かにザームだけ旅行無しは可哀想ねぇ?」
「――ネルリンガから招待は受けてたろ?」
「……確かに?」
そう答えたリエンヌは再びテーブルに肘をつきながら瞳を閉じた。
そしてニンマリと笑いながら口を開く。
「――いい考えよ! 向こうの方々とも仲良くなれそうだし、私たちはとっても羽を伸ばせそう!」
「よしきた! 決まりだ!」
パシン! とテーブルを叩きながらそう言ったサージュだったが、すぐさま壁際から聞こえてきたヴァルムの咳払いに、テーブル叩いたところを摩りながら「ハハハ……」と愛想笑いを浮かべるのだった。
「――ソフィーナんトコ行くのか?」
「ええそうよ!」
「……ふーん?」
ニマニマとにやけそうになる口元をごまかしながら、大したことのないような態度で答えるザームに、家族たちや使用人たちの頬が緩む。
「――用意をお願いできる?」
「かしこまりましてございます」
リエンヌから頼まれたヴァルムは恭しく頭を下げると数名の侍女たちに視線を走らせる。
その者たちが小さくお辞儀をしながら部屋を出ていく頃、サージュもヴァルムに話しかける。




