380
◇
「……しょうがねぇんじゃねぇか?」
ボスハウト家リビング。
キラキラと輝くフルーツタルトを頬張りながら、家長であるサージュは答えていた。
「まぁ……そういうお年頃よねぇ?」
サージュの言葉にピクリと指先を反応させたヴァルムだったが、次に聞かされたリエンヌの答えに、はっきりと驚愕の表情を浮かべる。
「……しかし、これはお嬢様の名誉に関わる問題でございます。 今回はたまたま運良く他人に見られなかった、ただそれだけのこと……――釘刺しは必要かと……」
そう言って頭を下げるヴァルムに、子爵夫妻は揃って顔を見合わせ、困ったように眉を下げる。
「そうは言っても……なぁ?」
「そうよねぇ……? もうお嫁に行くことも決まってるんだし……」
「――この世の中“絶対”ということはありません」
ラッフィナート家どころか、ゼクスに対しても苦言を呈することを回避しようとしている主人たちに、ヴァルムは頼み込むように深々と頭を下げながら言葉をかける。
「言いたいことは分かるんだが……もう十七だろ?」
「――まだ、十七歳でいらっしゃいます……そしてなにより学生です!」
ヴァルムの憤りがようやく通じたのか、サージュたちは顔を突き合わせながらヒソヒソと会話し始めた。
「……学生だとダメなのか?」
「――まだ子供ってことかしら?」
「まぁ……十七だし子供は子供なんだが……」
サージュたちは、決して非常識な発言をしているわけでは無かった。
平民階級の者たちであっても婚姻の早いこの世界、十七という年齢は決して結婚するのが早すぎる年齢ではなかった。
そして学生のうちに嫁に行く者や婿を迎える者もそこまで珍しくもなかったのだ。
その上、サージュたちはきちんと学んでいた。 貴族が交わす婚約というものは、家と家同士の信頼の証なのだということを。 きちんとした契約書を交わす“契約”であり、そう簡単に反故に出来るものではない、それゆえ慎重に慎重を重ねて相手を決めなくてはいけないのだということを、ヴァルムたちから教わっていたのだ。
――つまり、婚約中であるリアーヌはゼクスの元に嫁ぐことがほぼ決定事項あり、さらにどちらも今すぐ結婚してもおかしく無い年齢である以上そういった行為に目くじらを立てるのも……と、考えているようだ。
「――婚約はあくまでも婚約。 婚姻関係を結んでいない以上、そう言ったウワサ話はお嬢様のためにはなりません。 例えお相手が婚約者である男爵であっても悪く言われてしまうのは、お嬢様でございます。 ……――後々責任を取るのだからと、お嬢様の外聞すら守れない男などと結婚をして、果たしてお嬢様が幸せになれるとお思いですか⁉︎」
「あー……? ――なんかほっとくのもめんどくせぇことになりそうだな……?」
ヴァルムの言葉になにかを感じ取ったのか、サージュは顔をしかめながら首を捻り始める。
「……リアーヌが悪く言われると知っててて、そういう態度を取るのは……リアーヌが可哀想な気がするわ?」
「ああ……ダメだよなぁ?」
「ではラッフィナート家に正式な苦情を――」
二人の会話に満足げな表情を浮かべながらヴァルムが話し始めるが、それを夫婦揃って顔をしかめるという方法で押し留めるボスハウト子爵夫妻。
「――ダメなんでしょう?」
「ああ……いいことではねぇ」
「そう、でしょうか……? あの年頃の男はストッパーとなるものが無ければ動物となにも変わりません」
「どうぶつ……」
納得がいってなさそうなヴァルムの言葉に、ぽそり……と呟いたのは、フルーツタルトを食べ終えたリアーヌだった。
「――にも関わらず、不名誉を被るのはお嬢様。 決してなぁなぁで済ませていい問題などでは……」
リアーヌの呟きを拾ったヴァルムは、リアーヌにも聞かせるようにさらに言葉を重ねる。
(……――それはそう。 そうなんだけど……――結局、どんな言葉に変えたって言うべきことは「馬車ん中でうちのお嬢様に手ぇ出しやがって!」って話でしょ⁉︎ 恥ずかしすぎる……)
「あー……もっとこう……ガキ叱り付けるみてぇなのはダメなのか?」
「――確かにガキではございますが……それはどう言った……?」
「あー! あれよね? ゲンコツの一つで済ませちゃう感じの」
「そうそう! 別に向こうの親にまで言いつけることじゃねぇ……――追い帰さねぇで、ここでヤキ入れてやったら良かったんじゃねぇか?」
「――そうね! こういう場合は娘の父親がガツンとやって終わりが一番よ。 結婚するまで待てねぇのかっ! って……」
「おー! それだそれ!」
「――さすがに暴力はマズイかと思われますが……」
盛り上がる夫婦に、ヴァルムは苦虫を噛み潰したかのようなしかめ面で苦言を呈した。
ヴァルムとてサージュが言い出し、リエンヌがそれに賛同している。
そんな案を実行に移したところで、なんの問題も起こらないのだろうと理解はしていた――
していたのだが――子爵家の執事として、主人が“男爵家当主”に暴力を振るうという行為を黙認することは出来なかった。
「じゃあ……厳重注意とかかしら?」
リエンヌの提案にサージュは嬉しそうに手を叩きながら「――お、それもいい感じだ」と同意する。
その代替案にヴァルムも納得したのか、ため息混じりに「では厳重に注意させていただきます……」と頭を下げたのだった。
「……気持ちは嬉しいが、やりすぎねぇでくれよ?
サージュが困ったように笑いながらヴァルムに話しかける。
その言葉に表情を引き締め、深々ともう一度頭を下げると、短く了承の言葉を口にした。
「――お心のままに」
「うむ。 ではそのように頼む」
「はっ」
そう返事を返しながらヴァルムは一歩下がり、そのまま壁際に控えた。




