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「――男爵様におかれましては大変お疲れのご様子…… 本日はお立ち寄りとのご伝言を承っておりましたが、このままお帰りいただくのがよろしいかと……」

「いやいやいや元気ですとも! 全然余裕です。 さ、リアーヌ玄関までご一緒に……」

「ひぇ……」


 リアーヌは差し出されたゼクスの手に過剰に反応し、真っ赤になって大きく後ずさった。


「……そんなに意識されちゃうと俺も照れちゃうけど……?」


 そう言いながらゼクスが再度ゆっくりと差し出したその手に、リアーヌが自分の手を重ねるよりも先にヴァルムがベシリッと跳ね除ける。


「必要以上に当家のお嬢様に触らないでいただけますでしょうか?」

「……俺婚約者ですけど?」

「おや、いつから婚約者であれば不埒な行いをしても許されるようになったのでしょうねぇ……?」


 ヴァルムの言葉にヒクリ……と頬をひきつらせたゼクスは、少し顔を横にずらしヴァルムの後ろに立つリアーヌに、ニコリと微笑んだ。


「――次はもう少しゆっくり帰ってこようね?」

「……ぇ、あ……そのっ」


 その言葉が指す意味を理解しているリアーヌは(ここで「そうですね!」とか答えらんなくない⁉︎)と、頭の中で叫びながら、しきりに首を傾げ「いや……えっと……?」と、答えをごまかす。


「……いや?」

「その……」


(だから答えづらいでしょうがっ! 「はい」って答えるイコール「またキスしたい」ってなっちゃうでしょ⁉︎)


 ゼクスの質問にリアーヌが必死に適切な答えを探し、そんなリアーヌをニマニマと楽しそうに眺めているゼクス――

 そんな甘酸っぱい空気が再び二人の間に広がり始めた頃――


「嫌なのでございましょうねぇ? わざわざ答えにくい質問をするなど、紳士の風上にもおけません……」


 と、首を左右に振りながらヴァルムが答えていた。

 しばらくヴァルムとゼクスは無言で圧が強めの笑顔で応戦しあっていたが、やがてゼクスがパッと視線を外すと、リアーヌに向かって話かけた。


「――そろそろ中に入ろっか? 旅行のことでも、ちょっと話しておきたいことがあったんだよねー」

「――本実はお送り頂き、誠にありがとうございました。 どうぞこのままお帰りくださいませ」


 リアーヌの手を取りながら、先に降りようとしたゼクスを身体でブロックしたヴァルムは、不機嫌であることを隠そうともせずに言い放つ。


「……うかがうって伝言、伝わって無かったですか?」

「確かに届きましたが……――貴様のような不埒者を家に通すと思ったか? このまま無事に家まで辿りつきたいならその手を離せ無礼者が……!」

「ひぇ……」


 ヴァルムの声に真っ先に反応したのはリアーヌで、シュッと素早くゼクスの手に重ねていた自分の手を引き抜いた。

 「ああ……お嬢様、そんなに怯えられてお可哀想に……」

「ぅえ……⁉︎ ――えっと、はい……?」


 これまでにたくさんの知識を身につけていたリアーヌは、長いものには巻かれるということを覚えていた。


(――ヴァルムさんには逆らわ無いって決めてるから……! ゼクスごめんよ!)


「いや、今のは絶対ヴァルムさんに対してだと思いますけど……?」


 じっとりとした目をヴァルムに向けながら、ゼクスは責めるように言う。


「――ささっお嬢様、お早くこちらに……男爵様はどうぞお帰りを。 お身体ご自愛下さいませ」


 ヴァルムはおざなりにそう言いながら、丁寧な手つきでリアーヌを馬車から下ろした。


「待ってください、せめて玄関までは――」


 そう言いながら、リアーヌに続いて馬車を降りようとしたゼクスの鼻先で馬車のドアがバタンッ! と少々乱暴な音を立てて閉められる。


「ちょ⁉︎」


 中からゼクスの抗議の声が聞こえるが、ヴァルムは構わず御者をギロリと睨みつけ、半ば強制的に馬車を出発させた。

 ――通常こういった場合、御者はゼクスからの合図でしか出発させないものなのだが……――この御者も今まで生きてきた知識を生かし、ヴァルムに従うことを選んだようだった。

 心の中で(すいません若……――決してボスハウト家の不興は買うなって言われてるもんで……)と、言い訳を呟きながら――




「……良かったんですか?」


 走り去る馬車を眺めながらリアーヌはヴァルムにたずねる。


(――ゼクス、結構本気で父さんの話聞こうとしてたけど……?)


「――なんの問題もございません。 あれはただの害虫にございます」

「おぅ……」


 ニコリと微笑まれながら吐かれた毒に、リアーヌは頬を引きつらせながら曖昧に頷いた。


「――アンナ、お嬢様の湯浴みを手伝いなさい。 ――早急に清めて差し上げなさい」


 戻ったヴァルムが開口一番そう言ったことで、使用人たちは大体のところの察しが付いたようだった。


「あー……」


 オリバーが苦笑を浮かべながら小さく肩をすくめるが、その瞬間隣に立っていたアンナから怒りを向けられていた。


「「あー」じゃないでしょう⁉︎ これは由々しきことよ⁉︎ ラッフィナートに厳重な抗議をしておいて!」


 プリプリと怒りながらアンナはリアーヌの肩に薄手のカーディガンをかけると、ソッとその背中を押して浴場にリアーヌを促す。

 しかし、その言葉にリアーヌは足を止める。


「あ、の……抗議とかは大丈夫です!」


(大体、なんて抗議する気なの⁉︎ 「そちらの息子さん、馬車の中でうちのお嬢様に不埒な真似を――」って⁉︎ やめてよ⁉︎ 私が気まずすぎるんですけどっ⁉︎)

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