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そんなやりとりをしている夫婦に、頭を下げながらヴァルムが一歩近づく。
そしてゆっくりと口を開いた。
「――旦那様、奥様」
「……なんだ?」
「この話、このヴァルムめにお預けいただければと――」
そう言ったきり、返事を待つかのように頭を下げ続ける。
リエンヌはヴァルムがそれ以上の説明をするつもりがないことを理解した。
しかしそれでも、少しの情報だけでも知りたいと「なにか知ってるんですか?」と、説明を促す。
「ー――もしや、という心当たりが……」
やはり言葉を濁そうとするヴァルム。
さらに声をかけようとするリエンヌをサージュが手で制した。
そしてジッとヴァルムを観察するとポソリと呟いた。
「……任せるかー」
「……いいの?」
夫の突然の決定に、リエンヌは眉をひそめながら、念を押すようにたずねる。
「……そうしたほうがいい気がする」
それはサージュの“直感力”とも言える【豪運】が発動した場合によく見受けられる会話のパターンだった。
その能力に、そこそこの信頼を置いているリエンヌは、再び大きなため息を吐くとヴァルムに向かって居住まいを正し、スッと美しい所作で頭を下げた。
「――ならば……お願いいたします」
「……お、お願いします……?」
頭を下げたリエンヌにチラリと視線を飛ばされ、リアーヌもヴァルムに向かって慌てて「お願いします!」と言いながら頭を下げた。
「――かしこまりました……」
ヴァルムはそう言うと深々と一礼し、そしてその瞳をスッと細め「しかし――」と続ける。
「一使用人に向かい、奥方様と御息女が頭を下げることなどあってはなりません」
その言葉を聞いたリエンヌはキョトンと目を丸めた後、困ったように眉を下げる。
そして隣でその言葉を聞いていたサージュも困ったように笑いながら口を開いた。
「だが、今の場合は――なぁ?」
「そうよねぇ? これは親のけじめです。 子育て方針の話です」
「――だとしても、当主夫妻が使用人に向かい簡単に頭を下げてはなりません」
この場合は例外にあたるのでは……? と粘る子爵夫妻に、毅然と言い返すヴァルム。
ただでさえ、元は同僚――上司と部下の関係であったサージュたち夫婦は、他の使用人たちとも距離が近すぎる傾向にあった。
――ポッと出てきて、子爵家を継いだ成り上がり――
そう影口を叩かれる主人夫妻に、これ以上の弱みなど作ってほしくないヴァルムは、ガンとして主張を曲げない。
「いや当主とかは関係なくだな……?」
「私たちはリアーヌの親として――」
しかし納得がいかないサージュたちは、これはしつけである。 使用人であっても礼くらい言うのが当然、とヴァルムに説明する夫妻だったが――
ヴァルムはそんな夫妻をヒタリ……と見つめ、ゆっくりと口を開く。
「――なりません」
その言葉に子爵夫妻は揃って「うぬぅ……」と喉になにかを詰まらせたようにうめいた。
「…………」
「…………」
「…………」
少しの間、無言で見つめ合う三人。
少しの沈黙の後、サージュは大きなため息と共に「分かった……」と短く答え、リエンヌも不本意そうに肩を落とすのだった。
(うちの最強ナンバーワンは相変わらずヴァルムさん……)
その後の話し合いで、おそらくギフトコピーの条件はコレかなぁ……? というものが分かり、ビアンカには全てを開示することやラッフィナート家へは、ヴァルムさんの根回しが完了してから伝えることなどを取り決め、残りのすべては執事ヴァルムに委ねることが決まった。
リアーヌは(我が家最強の執事に全てを委ねるなら、もう心配なんかいらない!)と安心しきって自分の部屋へと戻っていく。
その日の夜更け――
そんな遅い時間にリアーヌの部屋のドアがノックされ、珍しいことにヴァルムが一人で部屋に入ってくる。
(……ヴァルムさんがこんな時間にここに来るとか初めてなんだけど……――もしかして問題発生、だったり……?)
リアーヌが自分の姿を見て、サッと顔色を悪くしたことに気がついたヴァルムは、その理由までもを正しく推測出来てていたので、すぐさま笑顔を取り繕い、出来るだけ優しい口調で話しかけた。
「このようなお時間に申し訳ありません。 しかし、調べ物の確認が取れましたので、少しでも早くご報告すべきかと思いまして……」
「報告……?」
「――ギフトコピーの条件がハッキリいたしました」
「……ぇっ⁉︎ さっきはなんか、多分“いいよ”って思ってないとダメみたいよね? みたいなふんわりした結果しか得られなかったのに……⁉︎」
リアーヌは部屋に備わっている応接スペースに移動することも忘れてヴァルムに近づく。
ヴァルムのほうも長居をするつもりなどさらさら無かったので、不作法と分かりつつそのまま入り口近くで話してしまうことにした。
「――つまり……私が直接ギフトを使う場面を見ていることが第一条件。 第二条件は、コピーさせてもいいという、本人の同意ってことですかね?」
「その通りでございます」
満足そうに頷くヴァルム。
「――本人の同意とか……私がコピーするのに、どうやって拒否するものなんですかね?」
「……そもそも全ての『ギフト』自体が、なぜその力を持って生まれて来るのか――そこからはっきりしないことでございますれば……」
「――確かに⁇」
リアーヌはヴァルムの言葉に大きく納得し「あー……」と声を出しながら何度も頷く。
(――コピーの条件がハッキリしたのは良かったけど……それ以外の情報がなぁ――これ本当かなぁ?)
「――最後に言ってた、私のギフト、王族が探している可能性がある――ってのは……?」
「――そちらはあくまでも可能性です」
「……でも【複写】って【コピー】……?」
リアーヌは言葉を濁しながら同じなのでは……? と指摘するがヴァルムは無言で視線を伏せただけだった。
「確かに。 ……――しかし、双方に些細な違いがあり、その違いを把握した上で王家が【複写】のみを探しているのであれば心配ないかと……」
リアーヌを必要以上に怖がらせないための配慮なのか、ヴァルムはあくまでも、可能 性に過ぎないことを強調していたが、リアーヌとってその気づかいは全く意味のないものだった。
(いや、【コピー】と【複写】なんでしょ……? ほぼ同じだよ。 もはやコピー=複写なとこあるよ。 ――でも王家が探すギフトって……――王家かぁ。 そっちの方が条件良さそう。 ……いやでも、万が一お城で働くとかになったら、初出勤で即やらかして、最悪その日の内に不敬罪とかで捕まりそう……――あ、なんか寒気する。 確実にやってくるなその未来。 じゃあやっぱり、このままゼクスのトコでお世話になろ! ――だけど……)
リアーヌはそこまで考えて、思いついてしまった嫌な予感に顔をしかめる。
そして助けを求めるようにヴァルムを見つめた。




