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その勢いに、大いなる困惑とほんの少しの恐怖を覚えてしまったリアーヌは、咄嗟にクラリーチェの隣に立つレオンに視線で語りかける。
(……――ちょっと⁉︎ 止めるつもりだったんでしょ⁉︎ ならさっさとやってよ⁉︎)
(お前、僕の婚約者泣かせておいて、なによそ見ばっかしてんだよ⁉︎)
それは、無言のまま見つめあった二人の心と心が、ある程度は繋がった瞬間だった――
「わたくしもっ! リアーヌ様が大好きですうぅぅぅ!」
「あ、はい……あの、落ち着いて……?」
あわあわと両手をうろつかせるリアーヌに楽しそうな声をかけてきたのは、いつの間にか戻って来たレジアンナだった。
「――あら、告白大会でも始めましたの? 私もリアーヌのこと好きよ? もちろんビアンカのことも!」
「――私もですわ?」
レディにあるまじき失態を披露しているクラリーチェをフォローするように、レジアンナが話しかけながらその背中を撫で、ビアンカがそっとハンカチを差し出した。
そうなってようやく、リアーヌも授業での対応を思い出したのか、にこやかな笑顔を浮かべながら口を開いた。
「私モテモテですね⁉︎ そして私もクラリーチェ様が大好きですから両思いですね!」
周りのフォローに、また少しだけ感激の涙を滲ませたクラリーチェだったが、そこは生まれながらのお嬢様。
グッと力を込めてその涙を止めると、すぐさまレディの仮面をつけて微笑んで見せたのだった――
「――では参りましょうか?」
クラリーチェの用意が完璧に整った合図を受け、フィリップがレジアンナに腕を差し出しながら言った。
その言葉にレジアンナが頷いたのを合図に、それぞれの婚約者たちが手を取り合い順番に部屋を出ていく。
そんな友人たちの背中を見つめながら、リアーヌはこの後確実に起こるであろう、レジアンナとユリアのトラブルについて考えていた。
(――きっとレジアンナはユリアに一言でも文句を言えれば、ある程度満足はしてくれると思うんだよね。 ……ヒートアップしすぎて手とか出さなければレジアンナの評判に傷は付かない……はず! ……これは希望的観測も入ってるけど……――あのユリア、煽り耐性激低な気がしてるから、ちょっとつついたらレジアンナが満足しそうな反応返してくれそう!)
――この時のリアーヌは知らないことだが、この認識は決して間違っているものではなく、レジアンナはほんの少しの注意で、そのストレスを大幅に減少させることとなる。
(――つーか……これだけのイベントこなしてもなお、このパーティー始まったばっかりってマジ? しかも今回はいつもの素敵空間に逃げ込めない縛りだし……普通の貴族はこれが普通って本当ですか……? ――貴族、私が思ってた以上にタフじゃない……?)
◇
「招待状が無い人はパーティーに来られないとでも言いたいの⁉︎」
遠くから聞こえてくるユリアの怒声に耳をそば立てながら、リアーヌは隣でワイングラスを口につけているゼクスにヒソヒソと話しかけた。
「……来られませんよねぇ?」
「来られても困っちゃうかなー……」
その周りでリアーヌたちと同じように騒動を見つめている者たちは顔を見合わせ、同意するように肩をすくめあった。
――今や参加者たちのほとんどの注目を集めるほどに、レジアンナの善意あふれる注意は大騒動へと発展していた。
「貴族だからってそんな差別していいと思ってるの⁉︎」
――主に、つい最近貴族の仲間入りをした少女の発言内容と、その声量のせいで。
「……差別?」
「――区別、かな? いくらここが国で一番安全な場所だと言っても、勝手にやってくる不審者を全員入れていたらとんでもないことになる」
リアーヌの疑問に答えたつもりのゼクスだったが、その言葉に周りにいた多くの人たちが頷いたのを見て、少し照れくさそうにグラスを掲げた。
「さっきから偉そうに! あなただってまだ子供でしょう⁉︎ 正式な貴族でもないくせに!」
その言葉に、会場のあちこちから非難めいた吐息が漏れ聞こえる。
「……確かにレジアンナは偉そうですけど……」
「――実際に偉いんだよねぇ……? 現ミストラル公爵家の長女にして、未来のラッフィナート公爵夫人だし……――法律上“貴族”とされているのはその家の当主と夫人だけだけど……――あの法律は、貴族階級にある未成年者たちの暴走を防ぐ為のものであって、平民同等に扱っても構わない――って法律じゃないんだけど……あの子にはそんな知識とか無いんだろうなぁ……」
ゼクスの言葉にリアーヌがうわぁ……と、ドン引きの表情で答え、その周りもリアーヌほどでは無かったが、顔をしかめ不快感をあらわにしていた。
「恥知らずはアンタのほうじゃないっ!」
一際大きな叫び声がホールの中に響き渡り、その反響の高さから小さく何回かリフレインされる。
「――あ、フォルステル伯爵だ」
「……スッ飛んで行きましたね?」
「……どこにいたんだか。 対応がお粗末すぎる」
吐き捨てるように言ったゼクスの言葉に、リアーヌも肩をすくめて同意して見せる。
平民から貴族のお嬢様という、ある意味ではユリアと似たような境遇のリアーヌだったからこそ、教育の大切さは嫌というほど理解していたし、周囲の手助けは絶対的に必要だと考えていた。
フォルステル家が教育も施さず、ユリアを単身で学院に送りつけた、ゲームシナリオだから、という考えが頭を掠めながらも、その判断がどうしても納得できなかった。




