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「――つまりここにいる方々は、あの者と敵対するってことですいいんですわよね⁉︎」
いつのまにやってきていたのか、リアーヌたちの側に席を作ってもらっていたレジアンナがそう元気よく言い放つ。
その近くには、嬉しそうに顔を綻ばせたクラリーチェの姿もあった。
「まぁ……そうなる、のかな?」
「――まぁ、なんて頼りない返事なのかしらっ ボスハウト家とフォルステル家は明確にあちらとこちらに別れての敵対関係にあると言いますのに……」
リアーヌの曖昧な返事に唇を尖らせるレジアンナだったのだが――
その言葉を聞いた瞬間、リアーヌの背中にはゾクリッと今まで感じたことがないような嫌な悪寒が走っていた。
(……え? これは――とてもマズいのでは……?)
「……どうかした?」
急にキョドキョドと視線を彷徨わせビクビクと周囲を警戒し始めるリアーヌ。
そんな不審な言動を始めた友人にビアンカは眉をひそめながらたずねた。
「えっと……」
(――どうしよう⁉︎ 絶対このままにしちゃダメなのは分かってるのに、その原因がサッパリ分かんない! 一体、なにをどうすればいいの⁉︎)
「えっと……その――多分違うような気がしてて……」
「……なにが違いますの?」
首を傾げながら、とりあえず“なにか”を否定し始めたリアーヌに、レジアンナは不可解そうに顔をしかめてたずねかえした。
「なにが違うのかって言うと……多分、フォルステル家との関係性……とかの話だと思うんだけど……」
「――ちょっと、どうしたのよ? ……落ち着いて喋りなさいな」
一年の頃のマナーの授業の時よりも狼狽え、ソワソワと落ち着かないリアーヌの様子に、ビアンカはその腕にそっと手を伸ばしなながらゆっくりと話しかける。
そんなビアンカにリアーヌは大きく深呼吸を繰り返すと、コクコクと頷きながら少しずつ探るように喋り始めた。
不思議そうにリアーヌの様子を見つめていたレジアンナとクラリーチェも、ビアンカの対応を見て、リアーヌの話をじっくり聞くことにしたようだった。
「えっと……うちとフォルステル家は仲が悪いの」
「――でしょうね?」
「次の王……――とにかく長男はダメなの」
「そう仰っていたわね?」
この辺りからビアンカはリアーヌのこの態度には、なんらかのギフトが関係しているのだということを察して、優しく導くように声をかけていく。
「つまり……――つまり?」
(あれ……? 結局うちは第二王子の派閥ってことになる……?)
リアーヌが脳内でたどり着いて」しまった結論に、内心で盛大に首を傾げると、やはりその背中にはゾワゾワッと特大の悪寒が走る。
(――ええ……? じゃあうちは、第二王子の派閥じゃない……⁇)
リアーヌがその考えに至った瞬間、背中を襲っていた悪寒が大幅に軽くなった。
(――えっ⁉︎ 本当に違うの⁉︎ あのやりとりの後でうちが第二王子派閥じゃないことある⁉︎ ……いや、あるからこそギフトが教えてくれてるんだろうけど……)
「つまり……どう言うことか言葉にできまして?」
「……――うちは第二……その、そっち側じゃありません!」
そう宣言した瞬間、リアーヌが感じていた悪寒は綺麗さっぱり無くなった。
(……やっぱりこれが正解なんだ……)
「……けれど! 子爵様の伝言では、こちら側に入ると!」
(ナチュラルに捏造するのやめて? 絶対言ってないよ。 私があれだけ感じてた悪寒を父さんが感じないわけない、絶対そんなこと口にしない!)
ムッと唇を尖らせたレジアンナの抗議の言葉に、リアーヌが「いやいや……」と、答えようとした時だった。
その前にレジアンナを宥めるように話しかけたのはフィリップだった。
「レジアンナ落ち着いて……――子爵様は間違いなく長男はダメだと仰ったんだ。 ――これはつまり我々と道を同じくするも同じことだよ」
そのフィリップの言葉にリアーヌの背中にピリリっと静電気のようなものが走る。
咄嗟に「違う!」と叫ぼうとしたところで、背後から「あはははっ!」と楽しげな笑い声を上げたゼクスに邪魔をされた。
「いくら婚約者様が大切でも、ウソは良くありませんよ? 子爵様は「長男はダメだ」そう仰っただけなんですから――ねぇ?」
急に同意を求められ一瞬戸惑ったリアーヌだったが、その言葉の内容を理解すると、大きく首を縦に振りながら「そうです! それです!」と、元気よく返事を返した。
「私なにか間違ったことを言っておりまして? あちらがダメならこちらしか残っていなくてよ? だからリアーヌもこちら側に付けばいいじゃない!」
ダダをこねる子供のように言い募るレジアンナに、嫌な予感をヒシヒシと感じ取りながらも、リアーヌは(……これきっと「えー! リアーヌちゃんも私とおそろいにしようよー!」とかいう感覚で言ってるんだろうな……)とその言葉になんの悪意も思惑も無いことは理解していた。
しかし、その隣で楽しそうにニコニコと微笑んでいるフィリップの笑顔がたまらなく胡散臭くて、リアーヌはその背中により一層の悪寒を感じ取るのだった。
「――うちはそっち側にならないよ。 父さんの決めた通り長男は支持しない……ただそれだけ。 ……敵にはならないみたいだから、それで許して欲しいな……?」
ブスくれているレジアンナに向け、リアーヌは眉を下げながら笑って答えた。




