360
あの主人公は決して好きになれないリアーヌだったが、自身がずっと好きだったゲームのストーリーが完全に壊れてしまうのもなんだか認めがたかった。
そんなことを考えながら、リアーヌは未だに痛みを訴えるつま先を優しく労った。
「――リアーヌ、飽きちゃったなら俺たちだけでも会場に戻ろうか?」
「……えっ?」
その提案にギョッと目を向くリアーヌ。
ゼクスの考えとしては、ここで大まかな情報を貰い、その上でリアーヌや自分の身に危険は少ないと判断した今、ここにいるよりも会場内で情報収集をするほうが自分たちにとって有益になると結論付けたようだ。
(……え、ゼクスさんってばなにおっしゃってるの……? ユリアとユリアが勝手に連れてきたクラスメイトがいるであろう会場内に戻るって言ってます……? ――さては私にデザートを食べさせないという嫌がらせ……?)
「――リアーヌ嬢はまだここに滞在したい様子だが?」
リアーヌが読み解けなかったゼクスの心を的確に読み取ったフィリップは、ゼクスに対する嫌がらせ――ただそれだけのために、リアーヌを引き留めにかかった。
「……それを今確認していたんですけど……――もしかして聞こえませんでした?」
「ははは……男爵の冗談はいつもユニークだ……」
目だけが笑っていない二人がすぐさま嫌味の応酬を始めてしまい、リアーヌは「なんか急に会場戻りたくなってきた……」と呟きながらそっと首をすくめた。
――そんな、フィリップとゼクスが火花を散らし合いながら微笑みあっている時だった。
「――お話中、申し訳ございません」
一人の給仕人が軽く頭を下げながらフィリップに話しかけた。
「……なにかな?」
その給仕人のあまりにも無礼な立ち入り方にピクリと指先を動かしたフィリップだったが、こういった場合のほとんどが急用の言伝をなどを持ってきた場合であったので、その苛立ちを隠しながら笑顔を向ける。
「ボスハウト家が執事、ヴァルム様がリアーヌ様にご伝言とのことでございます」
「……え、ヴァルムさん⁉︎」
(なんでここに……? え、家にいるはずじゃ……? ――え、本当、なんで居るの……?)
リアーヌは家から送り出してくれたヴァルムの姿を思い返しながら、仕切りに首を傾げる。
本来なら――このような大きなパーティーが開催される日に、子爵家の執事が王城に紛れ込むことなど不可能な話だったのだが、王家に連なる家であるボスハウト家、そして王族に忠誠を誓う一族であると知れ渡っているヴァルムだったからこそ、ヴァルムは今日のパーティーに紛れ込むことを黙認されていた。
これはパラディール家にだけ控え室が準備されていた理由と同じような配慮であり、国王がリアーヌの安全に気を使った結果だった。
(そもそもこういう場合ってー――どうするの? あの伝言が私に来てれば「少々……」とかモゴモゴ言って席を立てばいいんだと思うけど……――完全にフィリップに言ってましたけど……?)
リアーヌは想定外のことに、キョドキョドと視線を動かし周りの反応を見ながら、自分が取るべき行動を模索していた。
「……お通しを」
「かしこまりました」
リアーヌが戸惑っているのを確認したフィリップは、もしかしたら新しい情報が手に入るかもしれないと、ヴァルムを招き入れることを決める。
少しの間を置いて給仕人に案内されたヴァルムが入ってきて、一堂に向かい恭しく頭を下げる。
「失礼致します。 おくつろぎ中、この無礼をお許しいただけたこと、心より感謝いたします」
「いえいえ、ウワサの執事殿にこうして直接お会いできて光栄ですよ」
「――その節は」
フィリップの言葉に、微かに口元を緩ませたヴァルムはそう答えながら更に頭を下げる。
「はは、そう畏まらないで下さい。 ――リアーヌ嬢にご伝言とのことでしたが……?」
「はい。 旦那様からのご伝言をお伝えに……」
「内密な話でなければどうぞ遠慮なさらず」
そう言いながら、フィリップは紹介するように手でリアーヌを指し示す。
――フィリップとしては、どうせ軽くいなされるのだろうな……と、ダメ元のような提案だったのだが、一瞬面白そうに目を細めたヴァルムが「……ではお言葉に甘えて」と発言したことで、大きく動揺を見せることになってしまった。
ヴァルムはそんなフィリップの様子にクスリ……と微かな笑い声を漏らしたのち、リアーヌに向かい恭しく頭を下げながら伝言を口にした。
「お嬢様、旦那様からのご伝言にございます」
リアーヌは内心で(……え、本当に今なんです……?)と動揺しながらも(……でもヴァルムさんがやることだしな……)と、言葉を飲み込んだ。
「『長男はダメだな』――以上でございます」
その短い伝言に、室内にいたほとんどの人物がヒュッと息を呑む。
そんな周りの反応を確認しながらも、唯一の例外であるリアーヌだけは不安そうに顔をしかめたながら、探るようにたずね返した。
「……今の話の主語ってザームでは無い、ですよね? その……王家的な……なにかのご長男ですよね……?」
「うん。 流石にザーム様だったら、絶対にここで言ったりしない、かな?」
リアーヌの言葉ゼクスは思わず、ヴァルムよりも先に口を開いていた。
「わ、私だってその可能性はあると思いますけど……――万が一だってあるじゃ無いですかっ」
「――君の中の弟君どうなってるの……?」




