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◇
ボスハウト邸、食堂。
夕食後のデザートも食べ終わり、出されたお茶を一口飲んだリアーヌは、意を決したように口を開いた。
ヴァルム以外の使用人たちもその場にいたのだが、今もこの屋敷で働いている使用人たちが、この家の不利益になることなどするわけが無いと確信していたリアーヌは、なんの迷いもなくみんなの前で相談を持ちかけた。
「あのさ……私、話というか――言わなきゃいけないことがあるんだけど……」
その言葉に家族たちの視線がリアーヌに集中する。
そして三人とも、確かめるようにお互いに視線を向け合う。
「なにかしら?」
三人が三人とも、なんの事情も知らないのだと判断した母リエンヌは、なんでもないことのように続きを促した。
「……私のギフトね? 他の人のギフトもコピー出来ちゃうみたいで……――今日、氷魔法が使えるようになったんだケド……」
そう言いながらリアーヌは手のひらを差し出し、その手の中にキラキラと光る花を咲かせてみせた。
「――すっげぇじゃん」
両親と使用人たちが目を見開き、ヒュッと息を飲む中、あまり事態を把握していないであろう、弟のザームだけが脳天気な声で素直にリアーヌに賛辞を送った。
「……うん、確かにすごくはあるんだけど……」
「……トラブったのか?」
言い淀む姉の様子に首を捻りながら、困ったようにたずねる。
「――まだ起こってないけど……友達がこれから問題が起きるだろうから、家族でちゃんと話し合ったほうがいいって……」
「――その助言をした方はどなた様ですか?」
ヴァルムが姉弟の会話に割り込むようにたずねる。
普段ならば、あり得ない行動だったが寝耳に水の大問題発生に、そんな行為に眉をひそめるものは1人もいなかった。
「あの、ビアンカです。 同じクラスの……」
「入学当時からよくしていただいているジェネラーレ家のお嬢様ですね?」
「はい……」
(――というか、入学と同時にやらかした私には、友人らしい友人はビアンカさんしかいらっしゃいません……)
リアーヌの返事に頷いたヴァルムは、あごに手を当て何事かを考え込み始める。
そして少し険しい顔つきでリアーヌに質問を投げかけた。
「――ジェネラーレ家のお嬢様はギフトをお持ちではありませんね?」
「……多分?」
「――では、お嬢様がコピーしてしまった氷魔法をお持ちのお方すら、この事実をご存知ではない?」
「……あの、気がついた時にはもう退出した後で……その、混乱しちゃって……」
ヴァルムの険しい表情に、叱られているのだと勘違いしたリアーヌは体を小さく丸め、モジモジと指先を動かしながら、言い訳するように言葉を紡いでいく。
「ああ……お嬢様、決して責めているわけでは――お相手の名前も分からないのでは少々根回しに時間がかかってしまいますゆえ……」
自分の落ち度でリアーヌを不安にさせてしまったと理解してヴァルムは、困っように眉を下げながら、リアーヌが座る椅子の隣にひざまづき、優しい口調で話しかける。
そんなヴァルムに、叱られているわけではないと理解したリアーヌは、ゆっくりと身体の力を抜くとホッとしたように笑顔を浮かべた。
「えっと、コピーしたのは……確かベルグン……グンベルグ? 男爵家のラルフ様とおっしゃったと……」
「――もしやパラディール家に近しいお家柄の方々では……?」
ヴァルムの言葉に「あ、そうですそうです!」と何度も頷き、その返事を聞いたヴァルムは、素早くほかの使用人たちと目配せし合い、すぐさま確認作業や根回しに移れるよう、視線と仕草だけで指示を出していく。
リアーヌの問題が解決するわけではなかったが、今回の件の後ろにパラディール家の存在があると分かっただけでも大きな収穫だと考えていた。
「はい。 あの、ビアンカからのお誘いで、断りにくいというか……いつも良くしてもらってるからお返しというか……」
(私のビアンカ先生を責めないでください!
私のマナー授業は先生の存在で成り立っていると言っても過言ではありませんっ‼︎)
「――分かっておりますとも。 相手がパラディールでは、ジェネラーレ家のお嬢様が拒める相手ではないでしょう……」
優しい微笑みを浮かべながらリアーヌに向かいコクリと頷いてみせるヴァルム。
しかしその発言からヴァルムがパラディール家を“味方ではない”と位置付けたことは明確であり、そしてこの認識は全使用人たちの間ですぐさま共有されることになった。
「正直、なんで出来たのかも分からないけど……でも実際出来てて……」
「さぞや驚かれたことでしょう……」
リアーヌを気づかうように、眉を下げながらいうヴァルム。
彼の中では、リアーヌはフィリップの陰謀により、他人のギフトをコピーする様に仕向けられてしまった被害者なのだと、決定していた。
――そしてその推測は、そこまで事実無根と言うわけでもなかった。
本人たちは半信半疑、うまくいけば儲けもの程度の考え程度の“お遊び”だったが、ビアンカを使い、リアーヌにそう仕向けたことは間違いなかった。
「分かんねーのに出来たのかよ?」
ザームの呆れを含んだ言葉に、リアーヌは拗ねたように少し口を尖らせながら小さく数回頷く。
「出来ちゃったんだよ……――そしたらビアンカがみんなに手伝ってもらって、どうすればギフトのコピーが出来るのかちゃんと調べたほうがいいって……そしたら勝手にコピー出来なくなるからって。 だから私にみんなのギフトコピーさせてくれないかな……?」
リアーヌは家族の顔をチラチラと見回しながら言う。
ヴァルムはその発言に眉をひそめていだが、なにも言うことはなくソッと立ち上がって元の位置に下がる。
諸悪の根源は見えてきた。 この後の自分たちの役目は確認と根回しと――報復だけ。
であるならば、家族での話し合いに口を出すべきではないと考えたようだった。
「――それは構わないけど……そんなことしてあなたは大丈夫なの?」
リエンヌが顔を顰めながらたずねる。
トラブル回避のためとは言え、娘の身体に負担になるようなことならば、許可を出したくはないようだった。
「大丈夫にしたいからコピーする方法が知りたいの」
母が乗り気ではないのだと理解したリアーヌは訴えるように言葉を重ねる。
しかしリエンヌが口を開くよりも先に言葉を発した人物が一人――
「――父さんのでいいなら好きに使え。 だが、なにか問題が起こったらちゃんと言うんだぞ?」
「父さん……」
サージュの言葉にリエンヌは抗議の声を上げようと息を大きく吸い込むが、その息が言葉になるよりも早く、サージュがリエンヌを見つめて大きく頷いた。
その仕草を見たリエンヌは今出そうと思っていた声を無理やり飲み込むと、フゥーッとゆっくりと息を吐き出し、言葉を飲み込んだ。




