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「……私の対応がマズいものじゃなかったんだったら、そこまで気にしませんよ……?」
リアーヌの言葉にピクリと反応したゼクスは、むくりと頭を起こしながら顔をしかめ、言いづらそうに口を開いた。
「……それは何よりだ……ーでも俺にとってはまだ大きな問題が転がっててさ……」
「……大きな問題?」
「――そんなウワサ……うちじゃカケラも掴んでなかったんだ――特にリアーヌのウワサに関しては細心の注意を払ってたつもりなのに……そんな話がユリア嬢の周辺で出回ってたなんて……さっき直談判されるまで全く掴めていなかったんだよ……」
ゼクスには――ラッフィナート家には、貴族さえも持ち得ていない情報網を使っての情報収集やウワサの拡散などに、格別の自信があった。
ことさらユリアの周りを固めているような者たち――いわゆる庶民層の情報は貴族よりも精通していると密かに自負していたのだが――
今回、それが全く役に立たなかったこと、そのことに決して少なくはないショックを感じていた。
(……それってやっぱり、ユリアがゲームの記憶を持ってて、それを周りに吹聴して回ってるってことなのかな……? ――でもあの子はレオン狙いで間違いくて……――いや、だからか? 私、多分ユリアとクラリーチェだったら、クラリーチェ応援しちゃうし……――ゲームの知識があるなら余計に一番脅威に感じるのは私になるんだろうな……――確実にゲーム改変してるし、あり得ないポジションについちゃってるもん……)
無言になってしまったゼクスとリアーヌ、そしてそれを気づかわしげに見つめていたソフィーナが困ったように頬に手を当てながら首を傾げたところで、カチヤが一歩前に進み出ながら口を開いた。
「恐れながら……」
その声に反応したリアーヌとゼクス。
カチヤに視線を向けると、カチヤが視線を向けていたのはゼクスだった。
「――なんでしょうか?」
「……私のような者の考えがどの程度の慰めになるかは分かりませんが……――ボスハウト家でも掴んでいない情報でした」
会釈をするように軽く頭を下げながら伝えられたその言葉にゼクスは軽く目を見張る。
ユリアとの――フォルステル家との対立を隠そうともしていないボスハウト家、その恐ろしいほどの情報収集能力と、ゼクス以上に気を使ってユリアの周りを探っていたであろう家からの報告に、ゼクスは慰められるよりも前に大きな戸惑いを感じていた。
「……フォルステル家にはそんなことが出来るんですか……?」
そんな疑問に答えたのはカチヤではなくコリアンナだった。
カチヤの隣に進み出て、同じように軽く頭を下げながら口を開く。
「不可能であると断言いたします。 仮に現王妃からの力添えがあったとしても――あの方には、王宮の使用人をそこまで動かす権限は無いかと……――で、あるならば当家に対抗する手段はございません」
コリアンナは言外に、現王妃が王家に使える者たちを動かす権限を有していないことを暴露していた。
――現王妃の実家は、代々数多くの優秀な役人や大臣などを輩出する侯爵家だったが、王家に連なる家ではなかった。
……厳密に言うならば、何代か遡れば王家の姫君たちが 降嫁していたが、それはあくまでも“降嫁”であって、王族の血筋とは見做されないーしかも、その降嫁すらここ何代も無いとなれば、その血筋に頭を下げる一族としては、使えるまでも無い王族の一人だった。
「これは私たちの考えにすぎないので、真実とは異なってしまうかもしれませんが――ウワサや情報としてもたらされたものではなく、レーレン家の娘が自らそう思い込むように誘導されたのでは無いかと……」
コリアンナがそう話終えると、カチヤ共々大きく一礼をして一歩下がり、元の位置に収まった。
「……つまり?」
今まで黙って話を聞いていたザームだったが、話について行けなくなったのか、ガシガシと首の後ろあたりをかきながらリアーヌに疑問の声を投げつけた。
「えーと……フォルステル家の情報は筒抜け。 ベッティ・レーレンは誰かに騙されて姉ちゃんに暴言を吐いた」
「ふーん……――けどそのベッティも敵だろ?」
「多分……?」
リアーヌはそう答えながらも、正解を求めるようにカチヤたちやゼクスに視線を向けた。
「……その認識であってはいるけど――騙した相手がユリアなんだとしたら……ベッティはユリアにとって捨て駒、かな……?」
「――えっ⁉︎」
アゴに手を当て思案しているゼクスの口から漏れた言葉に、リアーヌは驚き声を上げる。
(いやいやいや! 無いって! だってあの子お助けキャラだよ⁉︎ 主人公の親友だよ⁉︎)
リアーヌが否定の言葉を口にするよりも先に再びカチヤが一歩進み出て話し始めた。
「そこまで考えているかまでは……しかし、レーレン家の娘はユリア嬢が教養学科への訪問することについて、多々苦言を呈していると聞き及んでおります。 ……ユリア嬢からすれば煩わしい存在なのではないでしょうか?」
そう言い終わると、カチヤは再び元の位置へと戻る。




