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レオンの言葉にフィリップも自分の言葉を思い返し、それが口説き文句とも取れるような発言だったことに初めて気がついて思わず吹き出した。
「ふはっ……――なんだ、分からなかったのか? つれないな」
そしてわざと艶めいた視線をレオンに向けて見せる。
そんなフィリップの態度にレオンからだけではなく他の友人たちからもクスクスと言う笑い声がもれる。
「――ならばら存分に助けて貰おうかな?」
「仰せのままに……」
クスクスと笑い合いながらどこか芝居めいた二人のやりとりに、友人たちもフィリップたちも、今度こそ声をあげて笑い合うのだった。
――そんな楽しげな笑い声をあげているレオンたちであったが、これから彼らが歩もうとする道は、とても笑っていられるようなものでは無かった。
国王だけは息子を、レオンを守ろうと動くとはいえ、敵対する相手は一国の王妃そして第一王子だった。
上手く相手を引きずり落とせれば未来は明るいが、逆に引きずり下ろされてしまえば、第二王子、公爵家嫡男といえども待っているのは破滅だけだろう。
しかし……仮に自分たちが身をひそめ続けたとしても、相手が国の頂点に立つというのならば、こちらを攻撃してくることは分かりきっていた。
――お互いに、自分たちの身を、家を守るためには、敵を失脚させるしか道は無く――
彼らは望むべき未来のために、そんな茨の道に足を踏み入れたのだった――
◇
「……ええと?」
もう何日もしないうちに夏休暇に入るという頃――
急遽決まったアウセレ国行きの準備や、そしてそれによる予定の見直しや調整をゼクスやラッフィナート家も交えて行い、ようやくリアーヌの最終的な予定が決定した次の日のことだった。
リアーヌはもうすぐやってくる夏休暇、そしてアウセレ旅行に心を弾ませながら、廊下を歩いて行く。
その日の授業が終わり、ビアンカとは馬車乗り場で別れ、メイドたちと共に騎士科に続く廊下をご機嫌で鼻歌混じりに歩いていると、急に背後から名前を呼ばれ足を止めた。
声をかけてきたのはユリアの親友、メガネ女子のベッティ・レーレンだった。
立ち止まってしまったリアーヌにおざなりの挨拶をすると、まだ挨拶も返さなれていないというのに、矢継ぎ早に質問を投げかけ始める。
(え、この子の情報収集、物理すぎじゃない……? ギフト使いなさいよギフト!)
そんなベッティの態度に面食らいつつも、リアーヌはご令嬢として困惑しているような笑顔を貼り付けながら、そっと「申し訳ないけれど、これから人との約束が……」と、やんわりした『お前みたいな無礼者の質問に答えてやる義理とかねぇから!』を伝え、廊下を歩き出そうとしたが、ベッティはダダッとリアーヌの前に回り込み大声を張り上げた。
「ですから! 夏休み中のお暇な日を教えていただきたいんです! 午後だけとか、午前中なら空いてるとかでも大丈夫です!」
「――あいにく、もう私の予定は詰まっておりまして……」
リアーヌは戸惑いながらも表情を取り繕っいつつ答えを口にする。
この答えは正真正銘の真実であったが、夏休暇の全ての日に、なにかしらの予定があるという訳でもなかった。
たとえ貴族であろうとも、絶対に断れない方からのお誘いというものは存在する。
そしてそれは相手方にも存在してしまうことで、こうして休暇前に交渉や調整を重ねていても、急遽の予定変更は決して珍しいことではなかった。
しかし、夏休暇中に顔つなぎや繋がりを作ることを前提として動いている予定も複数あり、気軽に「ではまた今度」とならないことも多かった。
万が一そうなった場合でも次の予定をすぐに取り付けられるよう、そしてこの夏休暇で偶然出来た繋がりをより強固にできるよう、リアーヌが考えていた以上に、リアーヌのスケジュールには意外に多くの予備日が設けられていた。
つまり、リアーヌがベッティとのつながりを求めるのであれば、いくらでも予定など空けられるものなのだが……彼女のために動かせる予定は1分だって無いようだ。
――リアーヌがいくら貴族らしい振る舞いができるようになってきたとはいえ、平民だった時の常識を悪れたわけではない。
挨拶をしたのに返さず、話を終わりにしようとしたのに前に回り込んで大声を出す――そんな行為が、平民同士だったとしても無礼――どころか相手を蔑ろにしていると理解しているリアーヌには、目の前の少女と話をするつもりも予定を調整する気も、カケラも残されていなかった。
(そもそもこんな直前に、ヒマな日なんて明確に答える貴族なんかいるわけないんですことよ! 大体……この子にそんな予定バラしたら確実にヒロインに筒抜けになってゼクスやラッフィナート家に迷惑かかるじゃないですかー。 やだぁー……)
「一日も……その、半日ですら空いていらっしゃらないんですか……?」
ベッティは、疑っていることを隠そうともせず、疑惑に満ちた視線をリアーヌに向けながらたずねた。
「――今のところそうなりますね……?」
リアーヌは申し訳なさそうに眉を下げながら首を傾げる。
(この予備日は、なんにも予定が埋まらなかったら丸っとお休みになるんだから! 父さんたちとの予定が合ったら、家族全員でピペーズ通りて美味しいもの巡りする予定なんだから! いくら前世では散々お世話になったお助けキャラのあなたでも、その邪魔はさせないし……私に優しくしてくれないあなたはちょっとキライ!)
「――今ってことは、これから変わるかもしれないってことですか⁉︎」
「……ほとんどがお相手のある予定ですので、私にもどう予定が変わるのか分かりませんの……」
ごめんなさいね? とおっとり微笑みながら続け、ベッティの追求を躱すリアーヌ。
ここでベッティに、空いている日を喋ったりしなければ及第点。
のらりくらりとしているだけでいいので気楽なやり取りだった。
(あんまり時間かけるとザームから「遅え」って文句言われそうだけどー)
「だったらゼクス様のご予定はどうですか⁉︎」
「……どう、ですかって?」
リアーヌの想定の中には無かった質問を投げかけられ、一瞬ご令嬢の仮面が剥がれかけるが、目の前で必死に言葉を投げかけ続けているベッティは気がつかなかったようだ。
「リアーヌ様がお会いにならない日だったらユリアに譲ってくれますか⁉︎」
(……えっと? あれ? この子……下手に出ているような言いかたはしてるけど――失礼だよね? ……いや言葉自体は失礼じゃないけど……こう……失礼だよね⁇)
「……ダメ、でしょうか?」
胸の前でキュッと両手を握りしめながら上目遣いにたずねてくるベッティにリアーヌはゆっくりと深呼吸をしてご令嬢の仮面を付け直す。
「――ゼクス様にはゼクス様のご予定がありますので、私が勝手に譲れるようなものでは……」
「でもリアーヌ様がゼクス様とユリアを合わせないんですよね⁉︎」
「ええ……?」




