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「――ユリア嬢を失脚させるための手伝いをしてほしいと願い出れば、レジアンナは嬉々として手を貸してくれるんだろうがね?」
フィリップの軽口にレオンだけではなくパトリックたちからもクスリ……と、忍び笑いの音が聞こえる。
「なんとも気の強い方だな?」
呆れたように笑いながらもレオンはクラリーチェにはないレジアンナの行動的な性格を眩しく感じていた。
(……だからと言ってクラリーチェに見習ってもらいたいとは思わないが……)
「もちろん後ろ指を差されるような方法は取らないと思うよ? あの子が好む方法はもっと子供のような……純粋で残酷な方法さ」
「……純粋な残酷さが子供らしい……?」
レオンはフィリップの説明に、心底理解できない……とばかりに両手を広げる仕草で詳しい説明を促した。
「そうだな……例えば――せっかくのドレスを飲み物で汚してやろう! とかかな?」
「……確かに子供のような方法ではあるが――」
レオンは「しかしその程度、使用人たちが新しいドレスを用意して終わりだろう?」という言葉を準備しながら肩をすくめた。
しかしその言葉は続けられたフィリップの言葉によって永遠に出口を失うことになる。
「例えばそのドレスが変えのきかない……王妃、もしくは第一王子からの贈り物であったならば? どんな理由があろうとも、飲み物でドレスを台無しにするご令嬢など良くは思われない――だからこそのイタズラなわけだが……――子供らしく純粋で……残酷だろう?」
「――君はそれを分かっていて……?」
フィリップの口にした“子供らしくも純粋で残酷な方法”は理解したレオンだったが、それよりも彼の頭の中にあった思いは(そんな恐ろしい女を娶るつもりなのか……?)というものだった。
「――子供っぽさが抜けきらないところも気に入っていてね?」
かすかに頬を染め、気恥ずかしそうに――しかし幸せそうにそう呟いたフィリップからレオンはそっと視線を外しながらゆっくりと息を吐き出した。
「そうか。 ……幸せそうでなによりだ」
レオンはそう言いながら、心の中で(人の趣味に口など出さん……)とグチるようにこぼしていた。
「……では、夏休暇を使って出来るだけボスハウト子爵の周辺におられる方々と接触しよう――パトリックはビアンカ嬢にも協力を要請してほしい」
「かしこまりました。 ――父には公爵様からお伝え願えるのでしょうか?」
「もちろんだとも」
そんな会話を最後に、フィリップたちはその身に纏う空気を徐々に、緩やかなものに変化させていく――
話し合うべきことを終え、これからは友人同士での会話……ということなのだろう。
「人の感情を読み解くというのは……案外難しいものなんだな……」
げんなりしたようにソファーに背中を預けながらレオンが呟く。
その心の中は、ユリアがなにを望んでいるのかまったく理解できていない自分への不甲斐なさで一杯だった。
「――彼女は仕方がないだろう……私から見ても……それこそ同姓であるレジアンナやクラリーチェ嬢でもその真意を推し量りかねているんだ」
フィリップはそんなレオンを気づかうように優しく語りかけた。
「それはそうなのだが……――分かってはいたが授業通りとはいかないんだな……」
「それは――……そうだな? ――だから今は存分に失敗して、多めに見てもらおうじゃないか。 ……嫌でもその時はやってくる――守られながらの社交はもうすぐ終わりだ」
「……そうだな。 学院を卒業してしまえば成人――泣き言を言っているヒマなどない、か……」
「ああ。 まずは自分たちの足場を固めなくてはな」
フィリップはそう言いながらパトリックたちに視線を送る。
パトリックやイザーク、ラルフはその視線に大きく頷きながら、気合を入れるかのようにグッと背筋を伸ばしながら口を開いた。
「まずはこの夏休暇でより多くの繋がりを」
「偽りを言う者は、すぐに排除を……」
「フィリップ様たちの敵は僕がしもやけにしてやります!」
「――ずいぶんと可愛らしい報復方法だな……?」
ラルフが口にした言葉にレオンが吹き出し、によによと唇を歪めながら肩をすくめる。
「――だってお二人の敵が氷漬けになったら真っ先に疑われちゃうじゃないですか⁉︎」
「それはそうだが、だからと言ってしもやけは……」
レオンはそう返すと口元を手で覆い隠しながらクツクツと背中を振るわせた。
フィリップたちも呆れた表情でそのやりとりを眺めていたが、その口元が歪むことは抑えきれない様子だった。
「――一年の差は大きいのだろうな……」
ひとしきり笑い合ったのち、ソファーにもたれ掛かりな感じ天井を見上げたレオンはポツリと呟いた。
入学当時に感じたフィリップや友人たちの頼もしさを、卒業後にもまた感じるのだろうな……と考えながら、レオンはゆっくりと息を吐き出し、やるせなさををごまかした。
「レオン……――今は力を蓄える時だ……そうだろう?」
「――そう、だな」
「……私の手足は君の手足だ。 私の目も耳も君の目や耳になる……――だろう?」
そんな優しいフィリップの声を聞いていたレオンは心が軽くなっているのを感じると同時に、なんだか背中が痒くなるほどの気恥ずかしさを感じていた。
「――もしかして……今、僕を口説いているか?」




