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「まったくの冤罪――言いがかりだったがな」
レオンはそう答えながら大きなため息をつく。
その表情には自重気味な色と……そして少しの気恥ずかしさが見て取れた。
パトリックたちの気づかいがくすぐったかったようだ。
「……結果だけで見るならば、あの程度の意趣返しで済ませて貰えたのは君の存在があったからこそだ。 王家の血に忠誠を尽くす者たちは、たとえ主家に仇なしたとしても君に危害を加えることを良しとはしなかったんだろう」
「それはパラディール家も同じだろう?」
「そう思いたいが……――我が家は父上たちの寝室にまで入り込まれているからなぁ……しかも土産で機嫌を取って問題にならないよう細工まで……」
そう言いながら苦笑をもらしたフィリップに、パトリックも似たような表情で控えめに口を開いた。
「……我が家ではボスハウト家に感謝している気配も……――侵入ルートが未だに判明していないため、護衛たちは頭を抱えているのでしょうが……」
「……それについてはこちらも改善点がみつからないことが大問題だが……使用人の中にはボスハウト家と敵対しないことこそが最善だと言う者までいてな……」
口調こそ冗談めかしたものだったが、疲れたような表情で肩を落としたフィリップを気づかうい、そして調子を合わせるように、レオンも冗談めかした口調で答えた。
「――問題は改善されないが、思いつく限りの最善ではありそうじゃないか?」
「……かもしれないな? ――ボスハウト家との問題を置いておくのであれば後は……」
「――ユリア嬢、だな」
自分の言葉を引き継いだレオンに、フィリップは大きく頷き返しながら口を開く。
「……やはりコピー持ちは気に入らないか……」
「――あの方の価値を半減させる能力ですから……面白くは無いかと」
フィリップの言葉に同意するように紡がれたパトリックの言葉を聞き、レオンの胸には、ふと(そうなんだろうか……?)という疑問が湧き起こっていた。
「……どうした?」
急に眉を寄せ、黙り込んだレオンにフィリップが首を傾げる。
「それが……」
「話してくれ」
「――本当に、コピーされることを嫌っての行動なんだろうか?」
「……と言うと?」
「……私は――そこまでの交流は持っていないが……それでも毎日のように顔は合わせている。 ――その彼女からはそんな駆け引きめいた感情は感じたことがないんだ」
「駆け引き、か……」
レオンの言葉に、アゴに手を当て感がこんだフィリップに変わり、パトリックが疑問を口にした。
「ですが、ユリア嬢はご自身のギフトに誇っていらっしゃるように見受けられましたが……」
「それはそうなんだが……」
パトリックの言葉に自信がなさそうに口ごもるレオン。
直感的に疑問を感じただけで、明確な理由があったわけではなかった。
「――君の考えが知りたい」
「……ただの勘だとしか」
「それでも君の考えを聞かせてほしい……この中で彼女と一番長い時間を過ごしているのは君なんだぞ?」
フィリップは冗談めいた口調で言いながらレオンの発言を促す。
「羨ましいなら、次は是非とも一緒に会話を楽しもうじゃないか?」
そんな軽口で返すレオンに、フィリップは肩をすくめながら両手を見せ、降参だと行動で示した。
それを見てレオンは大きく鼻を鳴らすと、少し迷うように話し出す。
「……本当に違和感を覚えただけなんだ。 守護のギフトを誇らしく思っていることもリアーヌ嬢に対してあまり良くない感情を向けていることも事実だと思う。 ……しかし、その理由が“リアーヌ嬢に自分のギフトをコピーされてしまうから”だと言われると――やはり違う気がしてしまうんだ」
レオンの言葉を聞いたパトリックたちは困惑しつつも視線を交わし合い、返答を探していた。
フィリップだけはなにかを考え込みながらゆっくりと口を開く。
「――彼女の真意を探れるか?」
「……リアーヌ嬢とのことか?」
「それもあるが――彼女の考えが知りたい」
「やれる限りはやってみるが……」
そう答えながらも拒否感を示すレオンにフィリップは慌てて「もちろん無茶はしないでくれ。 クラリーチェ嬢にもシャルトル家にも不快な思いをさせたいわけではないんだ」と付け加えた。
フォルステル家が王妃となんらかの密約を交わしたことが濃厚となった今、シャルトル家にへそを曲げられるわけにはいかなかった。
(あちらとしてもレオンを王太子に推すことに異論は無いだろうが、それでもユリアが側にいるのは面白くはないだろう――守護持ちであるならば尚更……)
しかし……と、フィリップはさらに考えを巡らせる。
(一体ユリアの望みはなんだ? ……――まさかユリアとフォルステル家の望みが違えている……? ――どちらにしろユリアの真意が分からなければ、交渉のしようもないな……)
シャルトル家にヘソを曲げられたくは無かったが、手に入れられる可能性が残されているのであれば、その手段を模索してしまう程度には、やはり守護のギフトは魅力的であった――
「ーーしかし……入学当初は君もユリアにまとわりつかれていたと記憶していたが……いつのまにか寄りつかなくなっていたなぁ?」
フィリップがそんな考えを巡らせていると、いつのまにかレオンは目を細め恨みがましい視線をフィリップに向けていた。




