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――場所は変わり、パラディールの王都別邸、フィリップの自室。
レジアンナが片付けまで監督するという理由から、サロンが使えなくなったフィリップたちは、いつものお茶会で得た情報共有をフィリップの自室にて行っていた。
「――やはり商人の……ラッフィナート商会の情報網は侮れんな……」
唸るようなレオンの言葉に、フィリップも同意を示すように大きく頷きながら答える。
「――あちらにはあちらのやり方があるんだろうとは思っていたが……まさか御用達店から繋がりを見出すとは……」
「――しかし、その情報をなんの見返りもなく話したということは……レオン様にお見方する、という意思表示なのでは……?」
顔をしかめ合うレオンたちにパトリックがどこか期待を滲ませながら言った。
「……だと良いが……どう見る?」
パトリックの言葉にレオンは思案するように視線を揺らしながらフィリップにたずねる。
「――それに関してはボスハウト家……子爵の意向に乗るつもりだろうな」
「……例の豪運のギフト持ち」
「ああ。 ……それでいうならば、ボスハウト家はフォルステル家――ユリア嬢と争う姿勢のようだが……」
フィリップの言葉にパトリックが盛大にため息混じりに口を開いた。
「……通常ならば守護のギフト持ちとの敵対を恐れますが……現状、ボスハウト家と敵対するほうが恐ろしいです……――我が家には、父すら疑ってすらいなかった使用人の不正の証拠が両親の寝室に置かれていて……」
その言葉に、フィリップをはじめとしたすべての友人たちの顔が大きく歪む。
「それは……うちもだ……――というか……みなそうだったようだな」
「……私への報復はエーゴンに括り付けられていましたが――流石に親には手を出さないでだろうからな……?」
レオンの言葉に頷きながらフィリップは遠い目をしながら長い息と共に言葉を吐き出した。
「……王家が付けた護衛を行動不能にして姿すら目撃されない使用人を多数抱えていたとは……――そりゃあヴァルム殿が使用人を選ぶ基準も厳しくなるだろうさ……」
いま彼らが話題にしているのは、リアーヌを閉じ込めた暴挙に対する報復のことだった。
主な報復内容は、各家共に共通しており、該当家の屋敷に忍び込み、その家の当主及び夫人が使う寝室に、その家の利益になるであろう情報に、そちらの息子様にこちらのお嬢様が大変お世話になりました――と言った内容の礼状を添える――というものだった。
――その家の使用人、護衛、誰にも気が付かれずに寝室に忍び込めるという事実、その家の者たちが気が付かずにいた情報を手に入れられるということ――そして盛大な嫌味を添えたそれらの贈り物に、ここにいた面々はけっして小さくは無い恐怖心を抱いていた。
特にレオンを匿っているパラディール家に至っては、侯爵夫妻が使う寝室に侵入を許しただけではなく、レオンの従者エーゴン――国王が息子のためにつけた優秀な王家の守りを、ボスハウト家の使用人たちが――その証拠はどこにも無かったが――反撃も許さずに無力化した挙句、その顔にに特殊な塗料を塗りたくり、数週間は人前に出られない有様に――レオンの護衛など出来ない状態に側にしてしまった。
唯一の例外はラルフとイザークだった。
その関係性からか、彼らの養子先であるベルグング男爵家の被害は、機密文章が収められている隠し部屋の中に、この家のほぼ正確な見取り図にイザークたちへの礼状が添えられて置いてあり、そしてイザークたちもボスハウト家の商人たちによって無力化されたのち、丁寧なお礼の言葉を受けていた。
――ボスハウト家の使用人たちの認識では、彼らは主人に命令されたのだからこの程度で済ませてやろう、というほんの少しの温情からの対応の差だったが、2人からしてみれば無力化された段階で命の危険を感じていたので、そこまで軽い罰ではなかったのだが――それをボスハウト家の使用人たちが理解する日は来ないようだ……
――そして、これらすべての行為に関して、パラディール家に使える使用人たちの主だった者たちの口から苦言が出ることはなく、国王の侍従にまでなったオリバーが唯一の主人と定めたリアーヌに仇をなしたのだから当然――それどころか全員が無傷で手打ちとしてもらえた幸運に、エーゴンがこれからもレオンの護衛であり続けられれる温情に喜びの感情すら持っていた。
それほどまでに彼ら、王家の血筋に使える者たちにとっての使えるべき家、そして唯一と定めた主人とは特別で一等大切なものであり、決して手を出してはならないものだった。
「そういえば……エーゴンの様子はどうだ?」
「……だいぶ色が抜けて今はまだらな青色だな」
「……当初が黒だったことを思えば、ずいぶん落ちたと言えるが……――ずいぶんとかかるな?」
「……エーゴン自身もボスハウト流の仕返しを受け入れているところがあるからな」
「――そうなのか?」
フィリップから見たエーゴンは、あんな仕打ちをされて、大人しく受け入れるような人物では無かった。
不思議そうに首を傾げるフィリップにレオンは困ったように肩をすくめながら言葉を重ねた。
「――エーゴン曰く、唯一の主人に……私に同じことをされていたら手足の一本では済ませないだろうと。 ……だからボスハウト家の――オリバー殿の怒りは甘んじて受け入れるんだそうだ」
「――家では無く個人に使える……か――つくづくボスハウト家は使用人に恵まれているな……」
自重気味にそう笑いながら深く息を吐き出すフィリップ。
そんなフィリップにレオンが眉を下げながらポソリと呟いた。
「今回のことは私の失策だ……――私がもっと冷静になれていれば……リアーヌ嬢とオリバー殿の関係性に気がついていれば……」
「下手を打ったのは私もだ――それにオリバー殿がボスハウト家に使えたのだと判断したも私だ……」
「同意した段階で同罪だろう? それに……私の中にリアーヌ嬢を軽んじる気持ちがなかったとは言い切れない……」
そう言ったレオンは再び自重気味な笑みを浮かべると、ため息混じりに肩をすくめた。
そんなレオンにいち早く話しかけたのはパトリックだった。
「――その判断をしたは私たちもです。 リアーヌ嬢がユリア嬢に情報を漏らしてしまったかもしれない、と聞いて……――あの方ならば……と、納得してしまいました……」
そんなパトリックの言葉にラルフやイザークもコクコクと頷きながら同意を示した。




