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全力で拒否を示しているリアーヌにゼクスも思い切り顔をしかめながら答える。
「俺、君が隣にいない状況で絡まれるのなんかごめんだよ? しかも王家のパーティーで? 冗談じゃない……」
「あー……」
(その場合『ラフィナート男爵は婚約者をほっぽり出して、他の女と……』とか陰口叩かれる原因になるんだろうな……しかも私たちの婚約って、なんか王家絡めたやつにグレードアップしちゃってるから『王家を蔑ろにして……』なんて言いがかりもつけられそう……)
「――ダンスが終わったら帰りません?」
リアーヌはゲンナリと肩を落としながらゼクスに提案する。
ゼクスに――ラッフィナート男爵家にちょっかいをかけようとする者が決して少なくないという現状をリアーヌはきちんと理解していた。
そして、今回はそれらの相手を自分もこなさなければならないことも――
「……ご挨拶したいところたくさんあるから諦めて……? ――あ、こういうのはどう? ちゃんとこなしてくれたら、ご褒美にうちが抑えてるリアーヌの夏休暇の予定、全部使ってアウセレ国旅行にご招待!」
「……アウセレ⁉︎」
(えっ海外⁉︎ 私海外行けちゃう⁉の︎ しかもあのアウセレに⁉︎)
「どう? 頑張れそう?」
「――お刺身……」
「……はムリ」
「……焼いたの」
「なら平気」
「やったー!」
リアーヌはその両手を振り上げて、全身で喜びを表す。
「――リアーヌったら……はしたなくてよ?」
「すみません……」
ビアンカにたしなめれ、とっさに首をすくめたリアーヌだったが、その言い方の少しの違和感にそっと首を傾げながらビアンカを見つめ返す。
するとそこにあったのは、聖母のように優しく微笑みながらリアーヌを見つめているビアンカの姿だった――
(……この笑顔とは初めましてな気がするけど……――あれ私なにをやらかしたんですか……?)
「――まったくしょうがない子ね……仕方がないから今度のパーティーでは面倒みて差し上げてよ?」
「あり、がとう……ございます……?」
「気にしないで。 ――私たち友達でしょう?」
「あ、はい」
そんな二人のやり取りに、苦笑いを浮かべたゼクスが加わった。
「……土産の品は本でよろしいでしょうか?」
「――まぁ、お土産だなんて! そんなお気を遣わないで? ――けれど……強いていうのであれば、共通語で書かれた……できれば歴史書などが嬉しいですわ? それからあちらの方が書かれたディスディについての本も興味深いですわ」
「きっと探して参ります」
「まぁ……けれど本当に気を遣わないでくださいね?」
「――こちらの気持ちですので」
ニコリと笑いかけてくるビアンカに、多少引きつった笑顔のが答える。
(――……どう聞いたって、気を使わなくても……とか言ってる人がする言動じゃなかったけど……?)
「まぁ、男爵はいつもお優しいですわね? リアーヌったら幸せ者」
「……うれしそうだね?」
ニコニコと上機嫌なビアンカに向かい、リアーヌは引きつる頬を叱咤しながら笑顔を作る。
隠す気はほとんど無いだろう、ビアンカの本に、知識に対する執着に、ほんの少しだけ引いていた。
「――あなただってアウセレ国が大好きでしょう?」
ビアンカは自分の暴走癖を棚に上げ、こちらの言動を非難するかのような視線を向けている友人に少しの苛立ちを感じながらも、グッと腹に力を込め、にこやか微笑んで見せた。
「――超好き」
「……そういった崩れた言葉使いは嫌いよ」
「……大変好ましく感じておりますの」
ビアンカの言葉に本気のたしなめを感じ取り、リアーヌは軽く咳払いしながら素直に言い直す。
そんな二人のやり取りを眺めていたゼクスは、クスリと小さく笑いながら紅茶を口に運んだ。
「――私たちも夏休暇に、一日ぐらいは向こうでゆっくりしようか?」
リアーヌたちの会話が終了した頃合いを見計らい、フィリップが隣に座るレジアンナに話しかける。
「よろしいんですの⁉︎」
「ああ、たまにはいいだろう? ――私だって君とバラの咲き誇る庭を散策してみたいんだ」
レジアンナの手を取り、その指先に唇を寄せながらフィリップが囁く。
「まぁ……――カタツムリは食べられませんのよ……?」
頬を染めながらも嬉しそうに微笑んだレジアンナは、内緒話をするようにフィリップに顔を近づけながら小さく囁いた。
その言葉に耳を傾けていたフィリップは、わざとらしいほどに大きく反応し、レジアンナ同様声をひそめながら答える。
「なんと……それは本当かい?」
「――間違いありませんわ」
クスクスと微笑み合いながら幸せそうに話す一組のカップルを前に、リアーヌはジトリと目を細めて不快感をあらわにしていた。
「――人のやらかしをおちょくって、更にイチャイチャにまで利用するのって、ちょっと問題だと思うんですけど……?」
しかしその言葉にゼクスが答えを返すより先に口を開いた人物が一人――
「――先に人をおちょくって見せたのは……――どこのどなただったかしら……?」
「――その節はどうもすみませんでした……っ!」
すぐ隣からの聞こえてきた冷ややかな声色に、ビクリと身体を震わせたリアーヌは、そのまま小さく身を縮め、謝罪の言葉を口にしたのだった――




