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(――いや、私は告げ口したりしないけど……でも多分、オリバーさんこの部屋監視してると思うんだよねぇ……? 「私どもがいないからといってあまりハメを外しすぎませんよう……」とか「常に見られているという意識をお持ちになり――」とか、それっぽいこと何度か忠告されたし……――まぁ運が良ければ、君は明日からもかき氷を堪能できるかもしれないけど……――隣で驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまったソフィーナ様のためにも、お姉ちゃんはちゃんとお勉強して欲しいなって思ってるよ……?)
――このリアーヌの疑惑は正しく、オリバーたちは、気が付かれないようこの部屋の全てをくまなく護衛していた。
そしてその護衛の最中、たまたま耳にしたザームの発言を聞き、リアーヌの予想通り、ザームのカリキュラムに、王族や王太子についての授業が組み込まれ、かき氷を楽しむ機会が著しく減ることになったのだが――……リアーヌもまた、比喩表現や貴族が多用する言い回しなどが増やされてしまったため、かき氷を作る機会自体が減ってしまったのだった――
(ヒドイ……私、ついさっきまでお勉強会してたなのに……――ほとんど勉強なんかしなかったけど……――でもホストとして、今回はすごい頑張ったのにっ!)
◇
季節は進み、リアーヌたちの夏休暇の予定がそろそろ埋まり切り始めた頃――
教養学科二年のSクラス、リアーヌたちが過ごす教室に避難してきていたレオンとクラリーチェが、運悪くユリアと遭遇していた――
「レオン! ようやく会えた!」
「……ユリア嬢、ごきげんよう」
「もー! ユリアだけでいいって言ってるのにぃ……」
「そういうわけにはね……」
「相変わらず頭硬いなぁ……――でもそんなとこがレオンらしいんだけど!」
「――そう、なのかもね?」
「そうだよ! あっそうだ、もうすぐお城で開かれるパーティには出席する? もしレオンも行くんだったら――」
「もちろん婚約者と出席するよ?」
レオンはユリアの言葉を遮るように、にこやかに言い切る。
「――ぁ……そう、なんだ……?」
ユリアはその答えに戸惑ったように言葉を濁した。
それはまるで、婚約者を理由に断られるとは思ってもいなかったかのような態度だった。
「……ああ。 ユリア嬢も出席するなら会場でお会いできるかもしれませんね?」
「――そ、そうね! ねぇ、そしたら私とダンス踊ってね⁉︎」
ユリアがズイッとレオンに近づきながらそう声をかけてるが、レオンのほうは同じ分だけ後ろに下がり一定の距離を保ち続ける。
(……いやいやいや、お前レオンの隣に佇むクラリーチェが見えないの……? その位置関係に婚約者がいて、良くダンスの約束なんか切り出せたね……?)
「――出会えた時にはぜひ一曲」
「本当⁉︎ 嬉しいっ!」
様々なことを含みまくったレオンの言葉を素直に受け取り、嬉しそうな笑顔で答えるユリア。
――ユリア以外の者たちはレオンの言葉の裏に気がついていたので、その反応に冷ややかな視線を向けていた。
「ユリアそろそろ……」
約束が取り交わしたことで上機嫌なユリアの背後から、親友であるベッティが控えめに声をかける。
ユリアはその言葉にその美しい顔を盛大にしかめて見せた。
「えー……もう?」
「授業に遅れちゃうよ……」
「――仕方ないかぁ……じゃあ、またねレオン!」
「……ああ、また今度」
ピラピラと手を振りながら立ち去ろうとしているユリアに、手を挙げてにこやかに答えるレオン。
「あっ夏休み暇だったら声かけてねー!」
立ち去りながら大声を張り上げたユリアに、レオンはなんの反応も示さず、ただただ微笑み続けるだけだった――
しかし見る者が見れば、下げ続けていたほうの手が尋常ではない力で握りしめられていたことを発見し、その心中を察したことだろう。
(……上級生に当たる二年の教室に突撃かましただけでもそこそこな顰蹙ものなのに、勝手にベラベラ話しかけてレオンたちの時間勝手に使いまくって、大した挨拶もせずにご退場て。 ……しかもこの教室の誰にも声かけずに戻ったってことは、確実にレオンに突撃かましに来ましたってことでしょ……? え、ユリアさんってば、レオンがなんの意味もなく婚約者同伴でここにお散歩しにきたとでも思ってらっしゃる……? ――レオンのほうは予定ぶち壊されてかなりお怒りのご様子だけど……?)
今の学園は――特に貴族階級の者たちが多く通う教養学科では、ほんの少しの休み時間すらも利用して、もうすぐ始まる夏休暇での予定を擦り合わせる作業に、多くの生徒たちが全力を注いでいると言っても過言ではなかった。
出席や欠席などの大きな決定はすでに済んでいるんだろうが、同じ会に出席する知人たちと腹の探り合いをし、自分の人脈を開拓する作業に終わりはない。
――つまり、今のうちに繋がりを持ちたい人脈を持っている者たちと交渉して、
「その人を紹介してくれるなら、こちらの人物を紹介しよう」
「君の父上にぜひ紹介したい人がいて……」
「まぁあなたも参加なさるのね! あらお兄様もご出席なさるの……? ――ぜひご挨拶させていただきたいわぁ!」
などと会話を交わし合いながら、少しでも多くのつてを得ようとしている真っ最中だった。
――特にレオンの場合、フィリップやパラディールの影に隠れながらも自分の支持者を、自身の派閥の強化を図らなくてはならない、最も重要な期間の一つだった。




