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そんなことを考えながら飲みかけの紅茶で唇を湿らせる。
すっかり冷えてしまっていたことに気がつくと、お茶を入れ替えるために席を立った。
「――あなた、本当になにもしていないのよね?」
立ち上がったリアーヌを引き止めるようにビアンカ話しかける。
少し不安そうに顔をしかめ、念を押すように確認を取る。
「……自覚している部分ではなにもしてないと思うんだけど……――お茶会のお誘いとかは断ったりしてる……」
「運が悪ければ目が合っただけで恨まれることもあると聞きます……」
リアーヌの答えに、アロイスが気の毒そうに眉を下げた。
その言葉に「それはそうなのですが……」と同意しながらも、ビアンカは不可解そうに首を捻りながら口を開く。
「だとしても……かのお方のあの態度……正直理解に苦しみますわ……」
そんなビアンカの言葉にリアーヌの身体がピクリと揺れた。
(……それはつまり『分からない』ってことなのでは⁉︎ あれ……つまり――これはビアンカに助言することができる数少ないタイミングなのでは⁉︎)
「わ、私説明しようか⁉︎」
前のめりになりながら話しかけたリアーヌに、ビアンカはキョトンと丸めた瞳をゆっくりと細めていき、ため息混じりに「結構よ」と短く答えた。
「ええー……」
「……ちなみに、あくまでも“ちなみに”だけれど私あなたのギフトがコピーだということぐらいは覚えていてよ?」
「えっ……?」
ビアンカの答えに小さく声を上げながら驚いたように目を見開くリアーヌ。
そんなリアーヌの態度に、ビアンカは大きなため息をつきながら大きく肩を落とす。
「――どうして私は座学であなたより良い成績が取れないのかしら……?」
「……私、座学だけは得意だから……?」
「お黙り」
「いえす、マム」
ビアンカにきつい視線を投げつけられ、リアーヌはキュッと首をすくめた。
ビアンカが「理解に苦しむ」と発言したのは、将来的に見ると『リアーヌが守護のギフトをコピーをする可能性が非常に高い』と考えられているからだった。
この先、ユリアが王妃になるのであれば、リアーヌの出番は無いだろうが、それ以外――王族であっても王ではない者に嫁いだり他の貴族に嫁いでしまった場合、少しでも王族の血が混じるリアーヌにコピーさせ、国王を守る切り札の一つにする、もしくはユリアが嫁いだ家との駆け引きに使うのではないか?
そう考えるのがごく自然な未来の流れだった。
そして、国王がそれらの手段を“取る”と決めれば、ユリアの実家であるフォルステル伯爵家の力だけでは対抗は難しい。
少しでも家の利を考えるのであれば、リアーヌを自分たちの味方にしてしまうのが最善なはずなのだが――
ユリアは、フォルステル家は頑なとも言える態度でリアーヌに攻撃的な態度を取り続けている。
ビアンカはその姿勢そのものに“理解に苦しむ”という評価を下した。
その説明を受けたリアーヌはアゴに手を当てながらジッと考え込み――やがておもむろにポツリと呟いた。
「……ただ単に、そこまで頭が回っていない説」
「あなたじゃあるまいし……」
そんなリアーヌの意見にビアンカはガックリと肩を落としていたが、リアーヌはこの説にある一定の自信があるようだった。
(いーや! ユリアの中身がゲームプレイヤーならその可能性は高いね! なんたって主人公なんだから。 『好感度さえ稼いでおけば、最終的にめでたしめでたしになるんでしょ?』とか考えてたっておかしくない!)
「かのお方にそこまでの考えが無くても、伯爵家にはあってしかるべきだとは思うのですが……」
アロイスも不可解そうに首をひねりながらビアンカの疑問に同調する。
「……ってことは、かのお方の独断ってことに……」
「それは……」
リアーヌの言葉に口ごもってしまったアロイスの代わりに口を開いたのはビアンカだった。
「――その場合は伯爵家が手を引く可能性も見えて参りますわね?」
「手を引く……?」
リアーヌの呟きに頷きながらビアンカは説明を続けた。
「家のためになると思った――だからこそ養子にしたのよ? ならないどころか自分たちの預かり知らないところで敵を増やしているとなれば……――当然手を引くでしょう?」
そう問いかけられ、リアーヌは曖昧に頷き返しながら(そういうことになるんだ……)と、与えられた情報を咀嚼することしかできなかった。
「――そうなると次に出てくるのは王家、ですね……」
重々しく紡がれたアロイスの言葉に、ビアンカも目を伏せながら大きく頷いた。
「――ようやく王太子が決まるやもしれませんわね……」
「そうですね……」
重々しく頷き合うビアンカたちを眺めながら、リアーヌはそっとザームの隣に座り声をひそめて話しかけた。
「……ザーム今の会話の意味分かった?」
「王太子って次の王様になるやつのことだよな?」
「――え、そこから?」
「……そうだけど? ――王子は二人もいるのにまだ決まってなかったのか?」
リアーヌは自分が考えていた以上にザームの知識不足を目の当たりにしてしまい、そっとその事実から目を逸らすように弟から視線を逸らした。
「…………かき氷美味しい?」
「ん。 また作ってくれ」
「……うん。 たくさん作るから……頑張れ?」
リアーヌはザームから視線を逸らしながら、労るようにその背中をポンポンと優しく叩く。




