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「――可能性は高いですわ。 大変興味深いです」
興奮したように大きく頷きながら同意するビアンカ。
その言葉を受け、アロイスはブツブツと独り言のように自分の考えを喋り続ける。
考えていることをそのまま口に出し、ビアンカに聞いてもらうことも目的のようだった。
「それが証明されたならば、その原因は……? 土地が変われば呼び名が変わる? だとするならば――国が変われば……?」
「――呼び名も変わるのではないでしょうか?」
「ならば、過去に滅んでしまった国の中には、複写でもコピーでもない、同様の効果を持つスキルがあったかもしれません!」
「素晴らしいわ! これはきっとギフトの根幹に近づく大きな一歩となる発見ですわ⁉︎」
「――私もそう思います! ……しかしそうすると……――つくづく争いによって土地を追われた人々が悔やまれます。 どうして人間は戦争などいう愚かな行為を繰り返すのか……」
「――戦争が回避できないものだったとしても……その土地の文化を、先人たちの知恵を記した文献を保護しないどころか、歴史から消してしまおうだなんて……許されることではありません!」
「同感です。 ――けれど我々に不平不満を口にしているヒマなどはありませんね」
「そうですわね。 今まさに葬り去られようとされている文献を、一冊でも、一枚でも一行でも多く後世の同志たちへ託さなくてはなりません!」
「その通りです!」
熱い視線を交わし合い、大きく頷き合うビアンカとアロイスを眺めながら、リアーヌはそっと首を傾げながら気まずそうに前髪をいじっていた。
(……――なんだろう……この二人って“混ぜるなキケン”な気がする……)
「――もちろんあなたも手伝ってくれるわねリアーヌ⁉︎」
そう言って力強くリアーヌを見つめるビアンカの姿に、リアーヌはゾワ……と嫌な予感を覚え、愛想笑いを浮かべながらリアーヌはかき氷を新しく出現させるとイチゴのシロップをかけながらビアンカへ差し出した。
「――そう熱くならないでかき氷でもどう? ここまでふわふわの状態にするの結構苦労したんだよ? でもそのおかげでサクッとしつつも口の中でフワッと溶ける具合になったんだよねー。 あ、もっと甘いのが好みならこの白いの追加してね?」
そう言いながらビアンカに練乳の入った器をそっと差し出すリアーヌ。
練乳はずっと出されていたのだが、誰も手を伸ばしてくれず、リアーヌにはそれが少しだけ不満だった。
(かき氷は練乳たっぷりが正義なんだよなぁ!)
「……こちらは?」
「練乳っていうの」
そんな二人の会話にアロイスが興味を示した。
「どこの国のソースなのでしょう?」
「元々はアウセレ国の食べ物ですけど、これはうちのお抱えのお菓子屋さんが作ってくれたものなんです」
アロイスからの質問に胸を張って答えるリアーヌ。
家族も巻き込んでお抱えの職人さんたちと作り上げたこの練乳はリアーヌの自慢だった。
――だったのだが、その甘さに父や弟はかき氷にかけるのを遠慮し、母もリアーヌが勧めるほどはかけてくれなかったためリアーヌはそれが不満で仕方がなかったのだ。
(練乳はこんなに美味しいのに……かき氷だからってさっぱり食べなくったって良いと思いますけどね! 食べ終わって喉乾いたら水飲めば良いだけだし! 甘味なんだから甘さこそが正義なのっ!)
「あら、今回はラッフィナート家は関係ありませんの?」
そんなビアンカの言葉にリアーヌはギクリと肩を小さく震わせ、気まずそうな顔つきになりながら、言いにくそうに口を開いた。
「……こんなのが欲しーって言ったのが家だったから……」
(作ってた時は楽しかったけど、出来上がってからゼクスのことを思い出してちょっとだけ後悔したよねー……遅かったけどー)
「あらま……平気だった?」
「まぁ……? カフェで使う分は優先的に卸してもらうってことで一応の納得を……? まぁ、うちのお抱えさん含めてラッフィナート商会で売り出す分に関してのお話し合いは進んでるみたい?」
「……それはつまり、ラッフィナート男爵家経由でラッフィナート商会に流すって話かしら?」
「うん。 男爵家、赤字経営が続いてるから……」
「……そりゃあね? これで黒字だったらそれはそれで大問題よ……」
ラッフィナート商会の力を、財力を減らしたくて叙爵を促す動きがあったことを知らない貴族はいない。
そしてその足がかりとしてゼクスが男爵の地位につき、軍路を引く任についたことも――
おおかたの予想は『これでラッフィナート商会も財力を大幅に削がれたことだろう』――というものだったが、蓋を開けてみれば独自のノウハウや伝手を使い、工事の費用はだいぶ安く上がり、独自の褒賞品を作ることで、その仕事を手伝う労働者たちからの評判も高く、あの辺りでは人気の職場となっていて人手不足も出ていない。
そして何より、与えられた領地の特産物やごくごく短期間で作り上げた新たな特産品を王都に持ち込み、流行りすら作って見せたラッフィナート商会の――ゼクスの手腕に多くのものたちが度肝を抜かれ、より一層の警戒を見せていた――
「……黒字だってそれなりに苦労するみたいだから、同じ苦労なら黒字でしたい……」
リアーヌは両親が交わしていたグチのような会話を思い出し、どうせ大変なら借金が無いほうがいいと訴える。
「……苦労の質は変わるでしょうけれど……?」
これで黒字に返してしまえば、多くの貴族からの警戒と不興を買うのだということを全く理解していないリアーヌに、ビアンカは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。




