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「専門学科に入る方の多くは平民階級――場合によっては奴隷階級の方も入学資格があるの」
「――えっ……奴隷……?」
(待って? あのゲームに奴隷制度なんか出てこなかったんですけど⁉︎ ――え、この世界奴隷いるの? ゲームには出てこなかったのに⁉︎ ……なんで? それとも私が知らなかっただけでどこかでは触れられてたり……?)
「そうよ。 知らなかった?」
「あー……うん?」
(知らなかったのは奴隷の存在自体なんだけど……ややこしくなりそうだし、このまま続けてもらおう)
「そんな方々の主な目的は、勉強でも卒業でもなく就職なの。 より良い主人に仕える為、あとはギフト持ち同士の繋がりを作る、なんて目的もあると聞いてるわ」
「――繋がり?」
「そう。 例えば――もしも将来自分の力が必要になったら貸してやるから、お前も貸してくれないか? と言ったような交渉をしておくみたいね」
「……そんな交渉って自分でしなきゃいけないの……?」
「いけないことはないけれど……どんな繋がりを持っているのか? というのは、その人の雇用条件にも関わるらしいわよ」
「そうなんだ……」
またもやゲームでは語られなかった話に、リアーヌは少し諦めにも似た気持ちになりながら相槌を打つ。
(――そもそもあのゲーム恋愛メインだもんなぁ。 あれがこの世界の全てだったら、そっちの方が問題か……――だいたいハーレムエンドなんか、この国で一二を争う貴族たちがこぞって婚約破棄騒動だもんなぁ……――よく令嬢たちの断罪で問題が集結したもんだよ……)
「……そこにギフトをコピー出来る人間が、ある日突然現れたら?」
「……わぁーすごぉい! ――ってならないんだろうなってことだけは分かった」
それが自分のことであるとはっきり理解したリアーヌは、顔をしがながらが答える。
「そうね。 絶対にそうはならないわね」
「……ねー?」
「そんなギフトを持つ人、心底面白く無いと思うわ。 ――それこそ……偶然、事故かなにかで居なくなってくれたらいいのに、くらいは、簡単に願われるんじゃない?」
「命まで⁉︎」
リアーヌはビアンカの意見にギョッと目を丸くする。
ビアンカの言い分を、全て本気で信じているわけでは無いが、そう言われてしまえば、不安にかられるようだ。
「もちろん犯罪者になるのは望まないだろうし――そもそも貴女はボスハウト家の長女なのだから、その立場も蛮行の抑止力になるはずよ。 でもね? もしもラッフィナート商会との契約が内定していたのに、あなたが似たようなギフトをコピーしたせいで、その人内定が取り消しになったとしたら?」
「うーわ……」
リアーヌはビアンカの話に言葉を失った。
想像するまでもなく、間違いなく恨まれることが理解できた。
(逆の立場なら一生恨むし、本気で事故にあえ! って毎日願ってそう……)
「一生を左右する大問題だもの。 恨むな、なんて不可能な話よね?」
「……っすね?」
リアーヌはがくりと項垂れながら相槌を打つ。
その頭の中では(もういっそ、ゼクスには全部黙ってるとかアリか……?)なんてことまで検討し始めていた。
「……三年の卒業間近にそんなことになったら――ちょっと本気であなたの身が危ないと思うわ」
「うわぁ……」
眉を下げながら気の毒そうにいうビアンカに、リアーヌは絶望したような声をあげる。
「……どうすればいい? 言わないのはやっぱりダメ?」
リアーヌの泣き出しそうな声に、ビアンカは神妙な顔つきになると、ゴクリと唾を飲み込んでから口を開いた。
「ラフィナート殿がどんな考えなのかはっきりするまで、このことは黙っているのがいいと考えているわ――ただ、あなたすでにラッフィナート商会と契約書を交わしてしまっているでしょう……?」
ビアンカは部屋の外に気配が無いか、最大限に気を使いながら話し始める。
――これから口にすることは、おそらくラッフィナート家に取っての不利益となると、自覚しているためだ。
「うん……」
「――だったら故意に黙っているのは……まぁ、あまりよろしく無いわ」
ラッフィナート商会にとって、自分たちにスジを通さない子爵家の一つ程度、圧をかけるのも、潰すのは容易いことだろう。
しかし、ゼクスがリアーヌとの契約を急いだ事実をビアンカは知っていた。
つまりゼクスがリアーヌの能力についてなにかを知っていて、それを欲しがったという可能性も十分に考えられた。
――危険な賭けになってはしまうが、ゼクスがリアーヌの能力に執着すればするほど、これからのリアーヌの対応に多少の不愉快を覚えたとしても、実家に圧をかけるような行為を――ましてや潰すようなことまではしないだろう……ビアンカはそう予測を立てていた。
「まだ数回しか話したことはないけれど、あのかたがそこまで目先の利益に囚われるとは思えない――まぁ、これは全くの見当違いかもしれないけれど……――これだけの大問題だもの、まずはご家族と相談してから報告、という順番になったとしても誰も文句は言えないわよ」
最後にビアンカはリアーヌに向かって、それらしい言い訳の言葉を教えたのだが「そだよね!」とコクコク頷いているリアーヌがその事実に気がついた様子は無かった。
「――いいこと? 今日家に帰ったら、絶対にすぐご家族と執事に相談するんですのよ⁇」
「はい!」
「……その時、ラッフィナート家になにをどこまで話すのか、話すとしたらすぐに話さなかった言い訳をどうするのかも、きちんと話し合っておいたほうがいいわ」
「……言い訳かぁ……黙っててごめんなさい! じゃダメかな?」
基本的に、貴族的な堅苦しい挨拶や手順などを苦手としているリアーヌは、難しそうに顔をしかめながら首を捻る。
「……あの方の機嫌を著しく損なうと、あなたの能力が学園中にリークされて、殆どのギフト持ちを敵に回す――なんて事態になる可能性もあるけれど?」
「いや――え……――そっか……そっか⁉︎」
リアーヌは咄嗟に「流石にそれは……だってあの人攻略対象だし――」と言いかけて、なんとか声に出すことを堪えたが、バッドエンドや他ルートの時のゼクスの評価が決して“善良な商人”とは言い難かったことを思い出し、サァ……と顔を青ざめさせる。
(そうだよ! あの人根っからの商人だから、自分や家の利益になるなら知り合いだって騙すし、武器商人みたいなことだってやってのけるんだった……‼︎ ヤバイ……全力でごまかさないと……)
「――どうしよう。 黙っとくってなってもバレる予感しかしないんだけど……」
「そうね。 私もそうなったら早々にバレるんだろうな、と予想してるわ」
顔色を悪くしているリアーヌに肩をすくめながら呆気なく答えるビアンカ。
心の中では(だからこそ賭けなのよ)と付け加えながら。




