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その嘲笑の矛先がゼクスだけであるならば彼女たちもここまで不愉快にはならなかっただろう。
それほどまでにはゼクスとフィリップの相性の悪さは公然の秘密であった。
――しかし、そこにリアーヌまで含めるならば話は変わる。
そして、今回の集まりの趣旨とも反する――と、気分を軽くした三人は軽く視線を交わし合うと、演技がかった口調で話し始めた。
「けれど……ラッフィナート男爵は商家のご嫡男でもあるわけですし、今の会話もそこまで珍しいものでは無いのでは?」
ツンッと鼻を逸らしながらレジアンナが口を開けば、それに同調するようにクラリーチェが大きく頷く。
「嫁ぐ家にご自身の価値を認めさせ、利をもたらす……見習いたいぐらいですわ!」
その言葉に少し困ったように笑いながらも、チラリとフィリップやパトリックに冷たい視線を投げかけながらビアンカも口を開く。
「お茶会でするには少々不適切なような気もいたしますが……――仲がおよろしいのは確かなようですわね?」
自分の婚約者、そして徒党を組んでいる女性たちを前に、フィリップたちは気まずそうに視線を逸らし、前髪や鼻に触れる。
――そんなやり取りに、ワンテンポ遅れてようやく気がついたリアーヌは、むず痒そうに背中をモゾモゾさせながらゼクスに向かって苦笑いを浮かべる。
「いつの間にかの過大評価に背中が痒いんですけど……?」
「――でもほら、俺たちの仲が良いのは事実なわけだし?」
ゼクスはどこか惚けたようにアゴに手を添えながら、いたずらっぽくリアーヌに笑いかける。
「なっ⁉︎ あ、いや……その……」
どっさに否定しかけたリアーヌだったが、まさか婚約者に向かい「仲良くなんて!」とは言えずに、モゴモゴと言葉を転がしながら、恥ずかしそうにうつむいた。
そんなリアーヌにニヤリ……と笑みを深くしたゼクスはそっとその耳元に唇を寄せて囁く――
「……スパが完成したら、一緒に入っちゃおっか?」
「……――ふぁっ⁉︎」
一瞬の沈黙の後、ようやくその言葉の意味を飲み込んだリアーヌが真っ赤になりながら動揺たっぷりの悲鳴を上げる。
そんなリアーヌにクツクツと楽しそうに肩を振るわせるゼクス。
――そしてその周りでは、小声とは言えゼクスの言葉が聞こえてしまった青少年たちが、気まずそうにそっと顔を逸らしたり、頬を染めながらチラチラと二人を見つめ、そのやり取りを観察していた。
「――なんてね? 冗談だよ」
「――ハレンチ!」
パチンとウインク付きで言い放つゼクスに、リアーヌはとうとう大声で抗議するのだった――
――そして、
「……これはヴァルム様にご報告よね?」
「――そうね。 “いやらしい目つきでお嬢様を見つめていた”とも付け加えなくては……」
「本気の目をしていた、とも付け加えておこう」
「――調子に乗ってすみませんでした……」
後ろから聞こえてきた使用人たちの会話に、ごくごく簡単に白旗を上げた――
◇
春も終わりに近づき、日差しに厳しさが混じり始めた頃――
リアーヌは、ボスハウト家のサロンに友人や弟の関係者を招いてのお茶会を主催していた。
「姉ちゃん、氷ー」
ソファーで足を組みながらくつろいでいたザームが姉に声をかける。
その声に自らお茶を準備していた手を止め、盛大に顔をしかめるリアーヌ。
「またぁ?」
「特大な」
“氷”という単語だけで会話が出来てしまうほどには、リアーヌはこのところザームや家族、そして使用人たち相手に氷のギフトを使ったかき氷を振る舞い続けていた。
「あら、いいわね?」
そんなやりとりを耳にしたビアンカが、どこか期待を滲ませた瞳をリアーヌに向けながら言う。
リアーヌから、かき氷を家族に振舞った話は聞いていても実際に食べたことはなく、この機会に……と考えていたようだ。
「ビアンカたちも食べるー?」
かき氷用の食器を用意しながらたずねるリアーヌの声に、ビアンカは同じ席に着いていた友人――アロイスに視線を送り答えを待った。
そんなビアンカからの視線に少し戸惑った様子のアロイスだったが、同意するように軽く頷き返すと、ビアンカが答えるよりも先に、そんなやりとりを見ていたザームが「かき氷、追加でニ丁ー!」と答えていた。
そんなやりとりに目を白黒させるアロイスだったが、あいにくとリアーヌたち姉弟の暴走を止める者たちはこの場には居なかった――
というのも、今回の集まりは“お茶会”という形をとった勉強会であり、そしてその頭には“内密な”と付けた会だったためだ。
そのため、この会に参加しているどの家者たちも、お付きの者たちをこのサロンの中に配置していなかった。
――とはいえドアや窓の外には有事の際にすぐに入れるよう、多くの護衛や使用人たちが控えていたのだが。
「お手伝いさせて下さい!」
一人の少女がリアーヌに歩み寄りながら懇願する。
そんな少女にリアーヌは困ったように愛想笑いを浮かべながら作ったばかりのレモンシロップがたっぷりかかったかき氷を差し出した。
「あ、それではこれをザームに渡していただけますか……?」
「お任せください!」
それを手にザームの元へ戻る少女。
置いてすぐにリアーヌの元に戻ろうとした少女――ソフィーナ・ネルリンガ――を押し留めたのは、婚約者でもあるザームだった。
置かれたかき氷をソフィーナに手渡し「あ」と言いながら大きく口を開けて見せたのだ。
「――あっ、はいっ!」
そんなザームの行動に、頬を染めながら隣に座ると甲斐甲斐しくかき氷をその口に運んでいくソフィーナ。
そんなやりとりをチラリと眺めながら、リアーヌは(ソフィーナ様がいいならいいと思いますけどね……)と、どこか納得がいかなそうに肩をすくめた。




