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「……ダンスのレッスン程度でよろしいの?」
「全然平気!」
リアーヌの答えにホッとしたように笑顔を作るレジアンナだったが、そんな二人にビアンカが気まずそうに声をかけた。
「……おそらくリアーヌのダンスの練習量とレジアンナの練習量は違うような……?」
「えっ⁉︎」
ビアンカの言葉にリアーヌは目を丸くして驚く。
そんなリアーヌとビアンカの顔を見比べたクラリーチェは、首を傾げながらビアンカに質問を返した。
「ビアンカは違うと思いまして?」
「……ボスハウト家ではリアーヌも弟君も身体強化持ちですので、そちらを使用してのレッスンなんだとか……私の家では汗だくになってもレッスンが終わらないなんてことはありませんもの……」
「こそまでやらされますの⁉︎」
「やらされないの⁉︎」
ビアンカの言葉にレジアンナが驚きの声を上げ、その言葉にリアーヌが驚きの声を上げる。
「やらされないわよ……というか――無理よ、次の日の予定に障りが出てしまうもの」
「――確かに?」
ビアンカの言い分に納得したリアーヌはそう頷きながらチラリと後ろを振り返った。
「……これからは他の家と同じぐらいにしておいたりとか……?」
その言葉に肩をすくめたのはオリバーで、苦笑しながら静かに口を開いた。
「練習相手にも恵まれておりますし……それにお嬢様はダンスのレッスンがお好きでございましょう?」
「……それは……まぁ?」
オリバーの言葉に答えにくそうに言葉を濁すリアーヌ。
その言葉にビアンカやレジアンナが不思議そうに首を傾げた。
今までの言動から、リアーヌがダンス好きだとは思えなかった。
「――知らなかったわ? あなたダンスが好きだったのね?」
「……――立ち振る舞いとマナー、座学にダンスなら、ダンスのレッスンが好きです」
ビアンカからの疑問に気まずそうにモゴモゴと答える。
「……なるほど?」
その答えに苦笑いを浮かべながら肩をすくめるビアンカ。
そんなやりとりを見つめ、長いため息をつきながらレジアンナは大きく肩を落とした。
「そうなると我が家にもサウナが必要ってことになるのね……」
そんなレジアンナの言葉にリアーヌは不思議そうに首を傾げた。
侯爵家ご令嬢であるレジアンナ、そんな彼女が欲しがるものが、すぐに与えられないわけがないと考えていたからだ。
――しかし、レジアンナの考えはまた違っていた。
サウナは男性の社交場――その認識が根強い両親は、自分がなんと言おうとサウナを家に作り使うことを許さないだろう……例え自宅であろうとも外に出てしまえば『女だてらに……』と陰口を言われるのは目に見えている。
――その程度には、貴族という生き物は、自分たちのテリトリーを荒らす者を嫌う生き物だったのだ。
それでも望むのならば、その常識を覆すほどのなにかが必須だった。
「――ちなみに男爵が開く施設はいつ頃で、どの辺りになると想定なさっていらっしゃるんでしょうか?」
同じ考えに至ったであろうクラリーチェが、探るような眼差しでゼクスに話しかける。
その質問に少しの圧を感じ取ったゼクスは、困ったように眉を下げながら答えた。
「――なるべく早く、王都あたりに……でしょうか……?」
その言葉に、クラリーチェとレジアンナは声を合わせて「楽しみにしておりますわ!」と笑顔を浮かべると、楽しそうにキャッキャとはしゃぎ合う。
「早ければ夏休みに入れるかしら⁉︎」
「まぁそんなに早く⁉︎ けれどラッフィナート商会の近場を借りるならば……?」
「実現しそうですわね⁉︎」
「……善処しまぁーす」
そんな二人のやり取りを聞き、ゼクスは顔をひきつらせながら答える。
「――あ、できるなら花園のすぐそばがいいですよ」
「そんな一等地、今度の休みまでに抑えられるかなぁ……?」
「あー……でも、そしたら綺麗な庭園を作る分の費用は浮きますよ?」
「――……ナイスなアイデアだとは思うけど……うちがそれやって怒られないかなぁ……?」
「父さんに相談してみます?」
「子爵と……ヴァルム殿にも意見を聞きたいかな?」
ゼクスはチラリとオリバーたちに視線を向けながら答える。
いくらボスハウト家が管理しているとはいえ、あの花園はあくまでも王家の持ち物だ。
たとえリアーヌの婚約者であろうとも、男爵程度の身分の者が、我が物顔でビジネスに使えるような、そんな軽い場所ではなかったた。
――しかし、ボスハウト家が許しを出し、誰かが王家に、陛下に取りなしてくれるのならば、勝算が全くないわけでもなかったが。
「相変わらず仲のおよろしいこと」
難しい顔を寄せ合いながら話し合いを重ねているゼクスたちの姿に、レジアンナがクスリと笑いながら扇子を広げた。
本来ならば、このような場でビジネスの話を、しかも二人だけでして盛り上がるなど許し難い行為ではあったが、その内容がレジアンナの求めるものだったので、たしなめるつもりは無いようだった。
「……リアーヌ様はもうすでに男爵からの信頼を得られているんですね」
感心したようにクラリーチェがそう口にすれば、フィリップが面白くなさそうに顔を歪ませパトリックに向かって口を開いた。
「――ずいぶんと形式にとらわれない、珍しい婚約者同士の会話のようだがな?」
「そのようで……」
クスリ……と笑いながら、ささやかな当て擦りを含んだその会話に、ビアンカをはじめとした女性陣の眉間に不快感を表すようにシワが寄った。




