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そう言いながら笑ったレジアンナにリアーヌが笑い返していると、腕を組み真剣な表情をしたゼクスが口を開く。
「……リアーヌ、やっぱりこの匂いがネックになると思うんだ――なにか解決策はないかな?」
「あー……」
ゼクスからの言葉に唸るように返事をしたリアーヌは(温泉って基本こんなもんだと思うんだけど……)と不満に思いながらも、うーん……と頭を捻り始める。
(この匂いは慣れりゃ気にならなくなるもんだけど……――まぁどこまでいっても『良い匂い!』とはならないから、なにかしらの策は必要……なのかな? ――いい匂いになれば良いなら香水でも撒き散らす? いや匂いを匂いで消そうとすると大惨事になる……――いや、そもそも最後の最後に良い匂いで終わるなら問題ないのでは……?)
リアーヌはその考えを持った瞬間、なんだか背中がソワ……とした気がした。
気のせいかも……? と首を傾げてしまうほどほんの少しの感覚だったが、リアーヌはその感覚を信じ、その考えを口にする。
「香油を――良い香りのするオイルを最後に全身――それこそ髪とかにもくまなく塗り込むってのはどうでしょう?」
「香油か……」
「お風呂上がりに香油を塗り込むのは保湿にも良い気がします」
(結局油分だし! ……これ良いアイデアかも⁉︎ 家でやってみよ!)
「保湿……」
「……スパの匂い自体は変わらないんですけど」
「なるほど、最終的に匂いは気にならなくするってことだね?」
「はい……――あ、グランツァのポプリを大量に配置します?」
「……うん。 それは……一度相談しようか?」
ゼクスは「確かに匂いは消えそうだけど……」と言葉を濁しながら愛想笑いを浮かべた。
心の中では(この匂いとグランツァ……――うまく消えてくれれば良いが、消えずに嫌な匂いと認識されたらとんでもない営業妨害になるんじゃ……?)と懸念していた。
「――あ、グランツァの香りのする香油を作って売り出せば売れるかもです」
「……湯屋みたいな店をやるってことだよね?」
「……やらないんですか?」
リアーヌの頭の中では完全にゼクスが温泉旅館をやるつもりでいたのだが、ゼクスの中ではこのスパをどうやって金に変えるかを模索し続けていた。
「――いや? でもほら……違う形も検討した上でね……?」
ゼクスはリアーヌの考えをより多く引き出そうと、適当な言葉で相槌をうつのだった。
「あー、王都でやるなら日帰りの人がほとんどになりそうですよね……? だったら食事とかに力を入れるより、美容やマッサージに特化したほうが喜ばれそうですかねぇ?」
「……つまり宿的な場所を想定していたってことかな?」
ゼクスの問いかけに、リアーヌは気まずそうな笑顔を作りながら口を開く。
「あー……なんか、スパに入って美味しいもの食べて王都を散策! みたいな場所を想像してました」
「――それもありだね?」
ゼクスはそう答えると胸ポケットからメモ帳を持ち出し、リアーヌのアイデアを書き付けていく。
あまりにもマイペースは態度にフィリップたちの眉間にはかすかなシワが寄るが、そのそばにいる女性陣の熱い眼差しがその二人に注がれていることに気がつき、そっとため息をつき肩をすくめ合うのだった。
「でも日帰りでスパに入りにくる人が多そうなら、ご飯よりマッサージとかが受けるのかなって……」
「風呂上がりにマッサージ……」
「綺麗な庭園とか見えるお風呂がいいですよね。 お風呂上がりに美味しい食事とお酒とか食べられたらいい気分転換になると思ったんですけど……」
「マッサージってのは、さっきのスクラブや香油だよね?」
「ーーでもいいですし、男性で美容関係ないなら普通にマッサージ……ああ、回復で疲労回復コースでも作ります?」
「……まぁ料金設定にもよるかな?」
人気の高い回復系のギフト持ちを雇うことに、少しの拒否感を感じつつも、それでもゼクスはそのコースは客に受けると確信していた。
金に余裕のある者たち、もしくは少し背伸びをした贅沢を楽しみたい者たちにとってギフトでの施術は受けがいい。
そして、ゼクスは理解していた。
まだ若く健康な状態だと思っていた状態でも回復をかけられた瞬間、体がダメージを受けていた事実を思い知らされるということを――
ゼクスはリアーヌから受ける、練習の回復を受け、その事実をイヤというほど突きつけられていたのだ。
(……寝不足とかダルさとか、本当に一発で回復させられるからな……――一度受けたらハマる者も多く出るんじゃ無いか?)
「あー、料金追加でサービスも追加出来るシステムは有りですね? それこそお風呂から上がった後は、寝てるだけでスクラブマッサージも回復も香油も終わらせてくれて、髪も乾かして結い上げてくれる――とか、男性だったらヒゲのお手入れや眉や鼻毛を整えるのもコースに入れます?」
「……鼻毛」
「大切ですよ? 素敵な気分の後に見た恋人や旦那様の鼻毛が出てたらガッカリですもん」
「――それはそう」
リアーヌの言葉に、その状況をリアルに思い描いたゼクスは顔を顰めながら大きく頷き、さらに口を開く。
「うん――富裕層……それこそ貴族階級に向けてなら追加料金システムや寝てるだけで全部終わるってのは有りだね」
「あー……貴族」
リアーヌはゼクスの言葉にキュッと眉を寄せ、困ったような表情を浮かべた。




