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「……で、マッサージが終わったら洗い流して……――あ、この匂いがどうしても気になるなら普通のお湯で洗い流したり、お風呂から出る前に普通のお湯を浴びてからでも、多分効果あると思う」
「……リアーヌ様はどう入られますの?」
リアーヌの説明に、ゴクリと唾を飲み込みながらクラリーチェが質問を口にした。
匂いは気になるが、どうせやるならば一番効果の高い入り方を知りたかったようだ。
「私は……――この匂いあんまり気にならないので、この後しっかりあったまってからお風呂を出ますかね……?」
(久々の温泉! まだ慣れてないからお湯溜めるのすごい時間かかって半身浴程度しか楽しめてないけど、いつかおっきいお風呂満杯にして温泉楽しんでやるんだからー!)
「な、なるほど……?」
「――この匂いには慣れるのかしら?」
リアーヌの答えに少し顔をひきつらせるクラリーチェ。
そしてその隣では、リアーヌの手を見つめていたレジアンナが真剣な目つきで問いかけた。
「……私はすぐに慣れたかも……? とにかくツルスベもっちもちになるから、それに比べたら匂いなんか気にならない、って感じかなぁ……?」
リアーヌは前世の記憶を必死に思い出そうとしながら話すが、やはりその記憶にはモヤがかかっているような、不完全なものだった。
(――でも温泉の効能は絶対だし! それはちゃんと覚えてるしっ!)
そしてしばらくお湯に受けていた手を取り出すと、丁寧にマッサージしてからスクラブを洗い流し、その水気を拭き取っていたリアーヌは心の中でこっそりとため息をついた。
(……この世界、ここでスキンケア終了だからね? この後の保湿クリームどころか化粧水すら無いんだから……――男性だってスキンケア必須の時代に生きていた人間が満足できるわけがなかろうて⁉︎ ……アロエとかヘチマが化粧水になるってのは知ってるんだけど……――作り方も知らなければアロエもヘチマもこの世界で見たことないんだよねぇ……植物園管理してるんだから、そのぐらい用意しといてくれよボスハウト家! もしくは王家!)
そう心の中で愚痴りながら、ビアンカやレジアンナたちに向け、両手を並べて見比べて見せる。
「――凄いわ⁉︎ 肌の色が全然違う⁉︎」
「……それは片方だけ血行が良くなったから、って説もあるけど……でもスパには血行を良くする成分も入ってるって言われてるから、少しはスパのおかげなのかも?」
リアーヌは瞳を輝かせて両腕を見比べているレジアンナに肩をすくめながら答えた。
「……本当にとぅるとぅるになったのかしら?」
どこかからかうようなビアンカの視線に、リアーヌはニヤリと笑いながら両腕を差し出す。
「――確かめてみる?」
その言葉にビアンカもニヤリと笑い返しながらリアーヌの手に手を伸ばした。
真剣な面持ちで触り比べていたビアンカの瞳はすぐに驚愕見開かれた。
そんなビアンカの反応に、レジアンナやクラリーチェもおずおずとリアーヌの両腕に手を伸ばす。
「こ、これが、とぅるとぅる……!」
「――全然違います⁉︎」
驚きの声を上げる二人に、リアーヌは鼻を高くして、営業をかけるセールスマンのようにスパの説明を披露していく。
「このお湯でお風呂に入り続けると、ずっと若い肌のままでいられるって話です」
「――ずっと……⁉︎」
「若い肌……」
「お風呂に入るだけ……」
「――こりゃ売れるぞ……!」
リアーヌの言葉にビアンカたち女性陣がゴクリと唾を飲み込みながら洗面器に入ったお湯を見つめ、ゼクスがギラギラとした目つきで喜びを噛み締めていた。
「――私の家でも【スパ】のギフト持ちを雇っても構わなくて⁉︎」
「わ、私に止める権利なんかないよ……」
レジアンナに勢いよくたずねられ、リアーヌは少し身体を引きながら答える。
「お母様に探していただかなくては……」
アゴに手を当てブツブツと呟き続けるレジアンナの隣で、ギュッと両手を握りしめたクラリーチェが意を決したように口を開いた。
「あのっ! このスクラブというものの作り方を詳しくお教えいただけませんか⁉︎」
その言葉にリアーヌはニコリと笑顔を作り、おっとり頷いた。
(これは教えてもいいよって言われてるもんねー!)
「私が使ってるものはハチミツと塩を一対一の分量で混ぜるだけですけど、母はハチミツが多めでオイルを混ぜてたものを使っておりますの」
ふふふっと微笑みながら首を傾げて答えるリアーヌ。
その姿をチラリと横目で見たビアンカは(ああ、この話題はの受け答えの練習は予習済みなのね……)と、軽く首をすくめながら、頭の中で今聞いたスクラブのレシピを復唱していく。
「……それを教えてくれたということは、やっぱりスクラブがボスハウト家の美の秘訣というわけではありませんのね?」
「……まぁね?」
少し拗ねたようにたずねてくるレジアンナに、リアーヌは困ったように眉を下げる。
しかし、心の中では自分に言い聞かせるかのように、必死で諸注意を繰り返し続けていた。
(リアーヌ気合いを入れて! 誰になにを聞かれてもパールパックのことは絶対秘密! ビアンカにも言っちゃダメ! 仮にビアンカが察しちゃったとしても、私は絶対に認めちゃダメっ!)
そんなリアーヌの態度にさらに唇を尖らせたレジアンナだったが、やがて大きく息をつきながら口を開いた。
「面白くは無いけれど……――スクラブは作り方まで教えてもらえたんですもの。 ――欲をかくのはやめておくわ?」




