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「――しかしそうなると、ラッフィナートに先手を打たれたのが厄介ですね?」
ようやく笑いの落ち着いた友人たちは、再び顔を引き締めつ、今後についての話し合いを始めた。
「これ以上あの家に大きくなってほしくはないのだが……あちらも大きくなることこそが家を守ることと理解しているからな……――それは置いておいても……実に欲しい能力だ」
面白くなさそうに顔をしかめてラッフィナート商会のことを話したフィリップは、一口お茶を飲み込むとギラギラと瞳を輝かせる。
「――もしも、コピーする能力に制限が無いのだとすれば……」
「ダブルやトリプルどころの騒ぎじゃなくなるね……」
イザークが意見を思いついたままに口にすれば、ライルが息を飲みながら神妙な顔つきになった。
「――力の使い方も、ご令嬢とは思えないほどに手慣れておられましたね」
「……加えて、まるで幼い頃より訓練を受けているのかと見間違うほどには力も多い」
パトリックの言葉に頷きながら、フィリップはニヤリと悪い笑顔を浮かべる。
頭の中ではどうやってラッフィナートから奪えるのかと作戦を練り始めていた。
「確か本一冊分のコピーを数十分で、という話でしたね……――だとしたらリアーヌ様はそんな短時間でとんでもない数の能力を行使したことになります……――もしかすると僕なんかより素晴らしい使い手になるかも……」
ラルフが冗談めかして言ったが、その顔は少し青ざめ引きつっていて、ラルフが本気でそのことに恐怖を感じているのだということが伺えた。
「いや、それは無い――というよりも……酷だろう」
そんなラルフの言葉をイザークがすぐさま否定する。
その言葉にはラルフを安心させる意味合いも多少はあったが、イザークは心の底からそう考えていた。
「……どうして?」
「氷を出したきっかけがかき氷だぞ? 争いごと――きっと脅しに使うことだって想像もしていないぞ?」
ラルフはその意見を聞いて納得したのか、大きく息を吐きながら何度も頷いていた。
顔色も心なしか良くなったようだ。
「――そもそもボスハウト家のご令嬢に、そんな仕事はさせられないけれどね……?」
そんな二人のやりとりを静かに見守っていたフィリップは、首をすくめながら呆れたように言う。
――リアーヌが貴族のご令嬢だという事実をすっかり頭から消し去っていた二人は「あっ……」と短い声をもらして、バツが悪そうに視線を送り合った。
「―― 搦め手、でしょうか?」
パトリックが静かにたずねる。
「そうだねぇ……――あの家のガード、意外に硬いんだよねぇ……」
パトリックの言葉に頷きながら、フィリップはボスハウト家の食えない執事を思い出し、大きなため息を吐き出した――
その後も友人たちと意見を交わし、話し合い、充実した時間は過ぎていくのだった――
◇
馬車の乗り場の近くの部屋、待合所のような場所の中でリアーヌたちは顔を突き合わせながら、コソコソと小声で話し合っていた。
ここは、なんらかの問題が起きて馬車を待つ生徒たちが待合室代わりに使用する場所で、使用するものはほぼいないと言っても過言ではない。
だからこそ、今回のような内緒話には向いていた。
「やっぱりゼクス様には言うべきかな……?」
「1番はご両親の意向だと思うけど――一応庇護下に入れてもらってるんですから、いつまでも黙ったまま、とはねぇ……」
「――待って? 私のこれでダブルでしょ⁉︎ もしかして特別手当がついちゃったり⁉︎」
そう言いながら瞳を輝かせるリアーヌにビアンカは少々呆れた顔をしながらも「……まぁ可能性は高いわね」と、少し投げやりな態度で答える。
「えっじゃあ早速――」
「お待ちなさい」
立ち上がりかけたリアーヌの腕を素早く引いて、一瞬で元の位置に座らせるビアンカ。
「特別手当……」
「高待遇を受けることが、必ずしも良い結果になるとは限らないでしょう?」
「……そう、なの?」
首を傾げながら、ことの重大性をあまり良く分かっていないリアーヌに対して、ビアンカは堪えるようにゆっくりと息を吐き出す。
「――もし、ラッフィナート殿がこの学院に在籍する生徒のギフトを全てコピーしろって言ってきたららどうするつもり?」
「いや……流石にこれだけとか、多くたって五個まで――とか……え、制限あるでしょ? ――あるよね⁉︎」
(だって無限にコピー出来ちゃったら、それこそ私がラスボスとかじゃ無いと、ゲームバランスどうにかなっちゃうよ⁉︎ あれだけすごいギフト持ちわんさか出しといて「でも、コピーのギフト持ちがいるから、その子が全部コピーしたら最強かなぁー? あ、名前も出なかったモブなんですけど」とかいうぶっ飛び設定作らないでしょ⁉︎ ……作らないよね……?)
「あなたのギフトのことだから、詳しく分からないけれど……――いくらでもコピー出来てしまったら問題は深刻になると思うわ」
そう言ったビアンカの声色はリアーヌが不安になるほど、真剣なものだった。
「――そんなトラブルになるほどコピーしたりしないし……」
リアーヌは自身なさげに、膝の上で指を忙しなく動かし、視線を彷徨わせながら答える。
あくまでもリアーヌの想像の話だが、取ってこいと自分に命じているゼクスを鮮明に想い描けてしまったからなのかもしれない。
「――私は、あなたのギフトが他人のギフトをコピー出来るのだと、多くの人間に知れ渡ることこそがトラブルの元になると思っているわ」
「……コピー出来るって知られるだけでダメなの?」
「……ダメだと思う方々も多いでしょうね。 ギフトってね、持ってるだけで凄いことなのよ――どんな些細なものでもね。 特に……私のような持っていない人から見れば余計に。 だからこの学園だって、ギフトを持っている――それが入学許可証となり得るの」
「専門学科……?」
短く確認をとるリアーヌにビアンカはコクリと頷いた。
「もちろんギフトを持っていてもリアーヌのようにきちんと受験をする人もいるわ。 でもその能力のみで学園に入る人たちだっているの」
(――知っています。 というか……私もそのつもりだったんです……)




