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「うん分かってる。 アイツも他の奴らもみんな悪者だよ。 ちゃんと抗議しておくからね? だから今はちょっとだけ声を落として? コイツらのせいでリアーヌが悪く言われることなんてあっちゃいけないだろ? ね?」
「……はい」
そんなやりとりにフィリップは頬をひきつらせながら口を開く。
「彼にも言い分はあると思うが……――それでも紳士的では無かったことは改めて謝罪させてほしい」
「……先程の“触られそうになった”という辺りも詳しく聞かせてもらえるんですかね……?」
「……もちろんだとも」
フィリップの答えにフンッと鼻を鳴らしたゼクスは、大きく息を吐き出してからリアーヌに向かいニコリと笑いかけた。
「じゃあリアーヌ、君の要望を聞かせて?」
「……スパのギフトを持っている人をうちでも雇いたいです。 もちろんヴァルムさんが許可を出してくれる人限定で!」
「……時間がかかってしまうかもしれないが、誠心誠意手配させてもらおう」
リアーヌの言葉に、フィリップは少し答えを詰まらせたが、それでも胸を張って答えた。
――パラディールの力を持ってすれば、どんなギフト持ちでも用意することは可能だ。 ……しかし、それがヴァルムの眼鏡にかなう人物となると、きちんと探し出せるかどうかフィリップにも分からなかった。
「リアーヌはスパのギフト、コピーしない?」
「え、しても良いんですか⁉︎」
「もちろん。 ――かまいませんよね?」
当然。 という態度でゼクスはフィリップにたずねる。
そんなゼクスの態度にピクリと反応を見せるフィリップだったが、それを相手に気取られるような無様は晒さなかった。
(苦し紛れとはいえ、そもそもこちらから切り出したことだ……)
そんなことを考えながらフィリップは愛想良く「もちろんだとも」と声をかけると、メイドに向かい口を開いた。
「――特別手当は弾むし、次の里帰りの時にはうちが馬車を用意しよう……彼女にギフトをコピーさせてもらえるかな?」
「コピー……? その――本当に私のギフトでよろしいのでしょうか……?」
メイドは不思議そうに首を傾げようとして慌てて表情を取り繕うと、今度は不安そうに視線を揺らしながら、確認するように何度もフィリップやリアーヌに視線を走らせる。
どう聞いても自分のギフトが欲しいといった意味合いの会話だと理解していても、これまでの人生でそんなことが起こるとは信じられなかったようだ。
「もちろんだとも。 ……構わないかな?」
「――喜んで」
人生で初めて経験する自身のギフトに対する高評価、そしてに舞い込んだ幸運にニマニマと弛む頬を隠すようにサッと頭を下げるメイド。
そんなメイドから特になんの問題もなくスパをコピーしたリアーヌは、先ほどまでとは打って変わり、ホクホク顔で上機嫌に微笑む。
そしてそのまま上機嫌のうちに帰路に着いたのだった――
その近くでゼクスやカチヤたちは、睨みを効かせていたのだが、当の本人が笑顔を浮かべていて、フィリップたちも反応に困っていた。
(これで温泉入りたい放題生活! ……顔とかも毎日これで洗っちゃお。 ……フィリップ、よほどドケチ扱いされるのがイヤだったのか、他に治癒やメッセンジャー、シールドまでコピーさせてくれることになったんだけど……――正直、そんなに使いこなせる気してないから、スパ持ってる人三人紹介してくれる、とかのほうが良かった説まであるよねぇ……)
◇
「……本当にこれからも友達……?」
リアーヌはサロン棟へ続く廊下を歩きながら、ビアンカに再度確認していた。
――先日の一件、安全な場所で思い返してみると、もしかしたらビアンカはなにも知らなかった訳ではなく、事情を知りながらフィリップたちに協力したのでは……? という疑心暗鬼に、リアーヌは囚われていた。
(だってビアンカは生粋のお嬢様だし……貴族にとって派閥って大事だし……――そもそも、いざとなったら私を切り捨てるからって何回か普通に言われてるしなぁ……)
「もちろんだって何度も言ってるでしょう? ――……あなたが私を疑う気持ちも分かるけれど……私だって婚約者に利用された被害者ですのよ?」
「……それは可哀想」
「――まぁ? 結婚相手がこちらに負い目を感じてくださっているこの状況は……悪くはないのですけれどね?」
「――一気に黒幕説まで出てきたな……?」
しれっと答えるビアンカに半眼で返すリアーヌ。
「失礼ね。 私も被害者だっていってるでしょ」
「だって……」
そう言いながら唇を尖らせるリアーヌの背後から、クスクスという笑い声と共にゼクスが声をかけた。
「そんなこと言ったって、リアーヌ本気でビアンカ嬢と友達やめるつもりなんか無いだろ?」
「それは――……」
モゴモゴと口ごもるリアーヌに、ゼクスはビアンカと視線を合わせると困ったように笑いながら肩をすくめ合う。
(なんでそんなに余裕でいられるのかと……――そもそもなんで今回のフィリップ主催のお茶会、私を不参加にしてくれなかったのかとっ!)
「本気で毒殺されるかもしれない……」
「……もしかして今から行くお茶会の話してる?」
「だってわざわざ呼びしとか……」
(毒を飲まされるか、薬で眠らされてどこかの修道院に監禁か……あのゲームのシナリオを元に考えるなら、主人公たちの邪魔してとっ捕まったモブなんか、ナレーションの『彼女の身には不幸な事故が降りかかり学園を去っていった』の一言で人生終了してますからね⁉︎ 特に生死すら重要視されないの! だってモブだから!)
「……そもそも何もなかった、だろ? だったら関係性も全てこれまで通りさ、そうだろ?」
「それは……」
そう答えながらも、リアーヌは口の中でモゴモゴと「そうなんですけどそうじゃ無いっていうか……」と、反論の言葉を転がしていた。
リアーヌがこれだけフィリップを――パラディール家を恐れているのには理由があった。
――先日の一件、全くと言っていいほどにウワサ話の一つにもならなかった。
これはフィリップがゼクスやボスハウト家との約束を守っただけ、とも言えるのだが、リアーヌにはそうとだけとらえられない知識を持ってしまっていた。
(だってこの学院だよ⁉︎ しかも教養学科だよ⁉︎ お付きの人たちや護衛に職員に生徒! こんなにたくさんの目がある中で衆人環視の元、教室から呼び出された私のウワサがなに一つないって! 大体、違うって分かってても『実はそうだったんじゃ無い……?』とかいう意地悪言われることなんかザラなのに、それすら無いとかっ)
リアーヌは本当に全てのウワサを抑え込んでしまったパラディール家の手腕やその影響力に、心底恐れ慄いていた。




