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「そこはあまり問題じゃないような……?」
戸惑いの声を上げながらも、リアーヌの元気な様子にホッとしながら大きく息を吐き出すゼクス。
そんなゼクスの横をカチヤたちがスタスタと通り過ぎる。
そしてリアーヌの元に辿り着くと視線でラッフィナート家のメイドを退かし、大袈裟にリアーヌを気づかいながらその拘束を解いていった。
「まぁ! なんてヒドイ仕打ちなんでしょう⁉︎」
「これがボスハウト家のご令嬢に対するもてなしとは……――パラディール家の使用人たちも質が落ちたこと……」
「あら、きっと質が落ちたのはそちらではなくってよ?」
「――ああ……なら仕方がないわね? だって頭が使えなきゃ手足はろくに動かないんですもの」
クスクスと笑いながらリアーヌの衣服や髪型の乱れを整えつつ、小さな擦り傷の一つに至るまで把握しようとリアーヌを観察するカチヤたち。
フィリップとその使用人たちに喧嘩を売ることも怠らなかった。
「なぜか興奮してしまってねぇ? 我々だって傷つけたくはなかった……そのための処置だったんだが――気を悪くさせてしまったかな?」
「……どの口で」
惚けるようなフィリップの言葉にゼクスはギロリと睨みつけながら悪態をつく。
二人の間に火花が散り、あまり友好的とは言えないお話し合いが開始されようとした時ーーリアーヌの能天気な声がその室内に響き渡った。
「あー美味しい! やっぱりケーキとお茶はセットじゃないと!」
「……茶葉がいいことは認めますけどねぇー」
「……紅茶はやっぱり淹れたてでないと――お借りしても?」
「……なんか、もろもろ自由ですね……?」
リアーヌがごくごくと冷えかけの紅茶を飲み下し、カチヤたちがそれに対し、パラディール側にイヤミを言い、あまつさえ給湯室を勝手に使い始めるコリアンナに、ゼクスは毒気を抜かれ呆れたように肩をすくめる。
なによりも、目の前にいるフィリップが想定外の行動ばかりするリアーヌたちに頬をひきつらせていることに、不思議な爽快感を感じていた。
「――それでなにがあったのかオレに教えてくれる?」
「……え?」
ゼクスにそう問いかけられたリアーヌはキョトンとした表情でゼクスやフィリップの顔を見つめる。
「……まさかオレにごまかさなきゃいけないことなんて無かっただろ?」
そう言いながらリアーヌに近寄り、その隣に腰を下ろすゼクス。
「えっと……?」
(――え? これ私が説明する流れになってますか? フィリップが全て丸く収めてくれて、私は被害者ぶっていれば全部終わる感じのやつではないのです……? ――え、なんで犯人側は誰もなにも言わないの⁉︎)
「……リアーヌ嬢のよろしいように説明してくださって構いませんよ」
無言で戸惑うリアーヌをどう思ったのか、フィリップは静かに声をかける。
――フィリップとて、今回の一件を隠しておけるものならその全てを隠しておきたかった。
しかし、リアーヌ自身を閉じ込めてしまっている以上、その情報の秘匿は絶望的だと考えていた。
ならば少しでもリアーヌの心情を理解して、これからの対策に役立てようとリアーヌの口から好きに証言させようとしたのだったが――
「……――フィリップ様がメイドさんといちゃついてるところを目撃してしまして……」
「まっ! 不潔!」
「なんでふしだら! レジアンナ様がお可哀想!」
リアーヌの口にした言葉に自分が最大の悪手を打ったことを思い知っていた。
「うん。 ウソはやめようか」
(……丸投げしたのはそっちのくせに!)
「――その後レオン様やパトリック様たちも入り混じっての酒池肉林!」
「なんてこと⁉︎」
「ビアンカ様を裏切るなんてっ⁉︎」
「し、していません⁉︎」
妙に息のあったリアーヌたちの掛け合いに、パトリックが思わず抗議の声を上げた。
「……オレには言えない?」
どことなく楽しげな空気を醸し始めたリアーヌたちに、困ったように声をかけたのはゼクスだった。
「ぁ……そ、そういうわけじゃないです! えっと……最初は……――ビアンカがパトリック様に呼ばれて教室を出て行って、そのすぐ後にパラディール家の人に「ビアンカが来て欲しい」って言ってるって言われて……」
「――その人についていった?」
「はい……――でも連れて行かれた部屋にのどこにもビアンカはいなくって……――部屋に鍵かけられて開けられなくて……」
そこまで話した瞬間、カチヤたちの喉からヒュッと息を呑む音がして、ゼクスはギリリッと拳を握りしめた。
カチヤたちのその反応で、改めて自分がまずい状況に置かれていたことを再確認するリアーヌ。
「それで……――」
そこまで話してリアーヌは急に嫌な予感に襲われた。
(……あれ? これ私が「ユリアにレオンが王子だってバラしたって疑われたんです!」って言っても大丈夫なやつ……? 一応、この人たちは隠してる情報な気がするんだけど……え、でも好きに説明して良いって言ってて……――それすらも罠だったらどうしよう⁉︎ 「それを知ったからには……」とか言ってうちが取り潰されちゃうかも⁉︎)
「リアーヌ……平気かい? 無理はしないで?」
急に顔色を悪くしたリアーヌに、ゼクスはそっと寄り添うと、その身体を労わるように背中を優しく撫でる。




