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騎士科の上位クラスとして入学するか、教養学科の下位クラスとして入学するのかは、家の意向や本人の資質、将来の目的などにもよるが……――どの学科も成績が悪ければ下位のクラスへ落とされ、下位クラスでも成績が振るわないのであれば、一般学科への編入や、休学をすることを勧められることもあるため――例え教養学科に受かっていたとしても、騎士科を選ぶ家は決して少なくなった。
――なかったのだが、教養学科の受験すらしない……受けさせないという判断をする家はごくごく限られていた。
「――ああ、弟君の名誉のために付け加えるが、騎士科の生徒としては実に優秀なお方のようだよ? ……座学を苦手とされているだけのようだ」
「嫡男なのに……」
「ああ。 本人の資質もあるだろうが……――一般的に教育に力を入れるのは嫡男のほうだろう? 期間だって姉よりも一年も長く取れたんだ」
「……確かに」
「――ボスハウト家がなにを考えているのはまでは分からないが、リアーヌ嬢の頭脳がずば抜けているのだけはハッキリしている」
「……言いたいことは分かった――その上で確認だ。 リアーヌ嬢が家を――ラッフィナート男爵がボスハウト家に入るということは無いんだな?」
「ありえない――それはラッフィナート商会のほうも黙ってはいないだろうし……リアーヌ嬢に劣ると言っても騎士科のSクラスに合格できる実力者だ。 ……最悪の場合、家が割れる。 両家にとって最善の選択とはいえない」
「――弟殿は前近衛将軍にも気に入られているし、か……」
ゲンナリとした態度で話すレオンにフィリップはクスクスと笑いを漏らしながら同意した。
「そうだったね。 ――まだ入学して間もないが……やはりかなりの実力者のようだね。 多数の報告が上がってきている」
「……エドガー・レッチェから同じ班を希望した――という話が事実である……と?」
「おそらく。 ボスハウト家からの要望もあったのかもしれないが……あの男は実力を示し続けなければ将来が閉ざされると理解しているだろうからね……――その機会を子守りで潰すとは思えない」
「……内々にボスハウト家に忠誠を誓ったということは考えられないか?」
この場合の忠誠とは、雇用関係を結んだ、という意味だ。
レオンはエドガーが内々にボスハウト家に雇われていて、すでに成績など問題視していないのでは? と疑っているようだった。
「――無い、と判断する」
「根拠を聞いても?」
「あの男のリアーヌ嬢に対する態度だ。 使用人だったとしたら、あれが許されているわけがない」
「――リアーヌ嬢が市井の出で、同い年だったとしても……か?」
つい最近、似たような生い立ちの女子生徒に独自の理論を展開された覚えのあるレオンは、顔をしかめながら言った。
そんなレオンの考えを理解しているフィリップは困ったように苦笑を浮かべながら肩をすくめ口を開く。
「――この場合、リアーヌ嬢がどう思っているかはあまり重要では無い。 エドガーの態度をオリバーが許している……――あの家は使用人の質にうるさいからねぇ……つまりエドガーの態度こそが、彼がボスハウト家の使用人では無いということの証明になるんだ」
「なるほど……」
「――もちろんレオンの指摘通り、リアーヌ嬢はマナーにそこまでうるさくは無いだろうけど……――彼女とユリア嬢の言い分はまた違うものだと思うよ?」
「……そうだな。 きっとリアーヌ嬢は敬語を使って話すことに心の距離などは感じないんだろうな……」
疲れたようにそう言って大きくため息をつくレオン。
「――ユリア嬢の言葉、かな?」
「だな……――相手を敬う気持ちを距離だと? 心底近づきたくない相手だ……」
「彼女ももう少し、この学院に馴染んでくれれば良いんだがね……リアーヌ嬢のように」
「……あれを見習えと……?」
レオンはギョッと目を剥きながらたずね返した。
――心の中ではフィリップの正気すら疑っていた。
「……本当にリアーヌ嬢はやろうと思えばそこそこはできる方なんだよ……――あの謝罪だけは完璧なご令嬢だっただろう?」
「……だいぶ無礼な態度だったが?」
「私は所作の話をしているし……無礼はお互い様だ」
たしなめるようなフィリップの言葉に、バツが悪そうに顔をしかめるレオン。
そしてそれをごまかすように前髪をいじりながら、渋々と言った態度でその言葉に頷き返した。
「そうだな……?」
「――ラッフィナート家との縁が結ばれた方だからねぇ……本人も周りも“いざという時には取り繕える”程度の力があれば構わないと考えているんじゃ無いか?」
「……なるほどな」
フィリップのこの認識は正しかった……――のだが、フィリップやラッフィナート側の考えるそこそこの実力と、ボスハウト側が考えるそこそこの実力というものの間に、大きな隔たりはあったようだが……
「――そろそろ、かな?」
ひとしきり喋り終えたフィリップはそう呟きながらカップを手に取り、チラリとサロンの入り口に視線を流した。
サロンの出入り口付近の使用人たちが慌ただしく動き始めたことに気がつき、待ち人の到着を感じ取る。
「……意外にかかったんじゃないか?」
レオンは予測が外れたような顔つきで小さく鼻を鳴らした。




