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「――理由を聞きたい」
パトリックの答えにすぐに反応を見せたのはレオンだった。
たずねられたパトリックは一度フィリップを見つめ、フィリップが軽く頷くのを確認するとようやくレオンに向き直った。
「クラリーチェ様だけならばリアーヌ嬢といい関係を築けると思いますが……周りがどう判断するかまでは……」
その答えにレオン、そしてエーゴンがわずかに顔をしかめる。
確かにクラリーチェの周りを固める友人たちは、茶会で時折目撃するリアーヌの砕けた喋りかたや態度がクラリーチェに向けられるのを良しとはしないだろう。
レオンたちにはそんな確信めいた予感があった。
「――今回の計画は時期尚早だっただろうか……?」
肩を落とし、ソファーに沈み込むように背中を預けたレオンは小さく呟くような声でたずねる。
「――必要な確認だったと思っているよ。 今でもね」
レオンを労るように答えるフィリップ。
この言葉にウソは無かった。
――無かったが、時期尚早だと言ったレオンの言葉にも同意している自分もいることをフィリップも感じていた。
――もう少し丁寧にリアーヌやボスハウト家を調べていれば対応は変わったのではなかろうか……――本当に自分たちはリアーヌが陛下の従姪だという事実を軽んじてはいないのか?
王子であるレオンが望んだとはいえ、自分が公爵家の人間だとはいえ――自分たちの選択は本当に間違いでは無かったのだろうか?
フィリップの頭の中ではそんな考えが後から後から湧き上がってきていた。
「……あの女の暴走は放置できない。 ましてやボスハウト家や王妃と組まれるのも厄介だ。 強引だったことは認めるが、悠長にしていられる問題じゃないんだ……――今でも尚そう考えている」
「……彼女でないならば――あの女狐か」
レオンは王妃の顔を思い浮かべながら憎々しげに吐き捨てる。
自分の素性は陛下やパラディール公爵家が隠したものだ。
そこにミストラル公爵家まで加わりレオンを隠している――
つまりはこの事実に触れるということは、それら全てとの敵対を意味するも同義だ。
それが分からぬ者などこの貴族社会にはおらず――自然と情報元は限られていく……そして、ボスハウト家がその候補から外れた今、その可能性は自分の母を追いやったあの女でしかない――……レオンはそう考えていた。
「本当にユリアの目的が分からないね……あちらと手を組んでいるのにどうしてこちらにああも接触してくるのか……――あんな態度でハニートラップということも無いだろうしねぇ……?」
苦笑を浮かべながら肩をすくめるフィリップ。
見目が良いことは認めるが、彼女の全ての言動が、婚約者がいる男に対する態度として適切ではないことは明白だった。
そんな女性に好意を向ける者などいない――現在のフィリップは心底そう考えていた。
「……笑えない冗談だな? ――ユリアには一線を引かせてもらうと伝えている……そこから向こうと手を組んだのかもしれない」
「……だとしても、説明がつかないことばかりだが……」
「――彼女もまた市井の出だからな。 ……我々とは違う常識の中で暮らしているんだろう?」
レオンが顔を歪めながらユリアたちを揶揄するように言った。
その言葉自体には全くの同意見なフィリップだったが、それでも苦言を呈すためにレオンに向かって口を開いた。
「――レオン」
「なんだ?」
「確かにリアーヌ嬢は未熟だ。 ……だが彼女を侮ってはいけない」
「……さっきのあの態度を覚えていないのか?」
サロンに閉じ込められているという状況下で、わざわざ自分から人を呼ぼうとしたリアーヌを思い出しながら、レオンは不満そうに鼻を鳴らした。
「言っただろう、未熟だと……――だが彼女は実力で我々と同じ場所に……教養学科のSクラスに這い上がってきたんだ」
「……証拠が見つからなかっただけじゃないのか?」
「おいおい私は同じクラスなんだぞ? どなたかの手心が加わった者なら、その実力をすぐに見分けられるはずだ」
「……付きそうなものだったが?」
「そりゃハンデはあるさ。 ニ年前までは庶民のお嬢さんだったんだぞ? たったそれだけの時間で入れるほどレベルが低い学級だとは認めたくないね? ……正直な話、座学だけならば彼女は学年で五本の指に入るほどの才女だ」
「……本当に? あれ……その――事実なのか?」
「あれで?」という言葉を必死に飲み込みながらレオンはたずねる。
「ビアンカ嬢の話では、あまりに常識的ではない勉強法らしいが……――事実だ」
「……それは――しかし、それは彼女の実力ではなくボスハウト家の実力なんじゃないのか?」
フィリップからの話を聞いても、いまだに納得しきれないレオンはケチをつけるように「ボスハウト家の使用人が優秀だったからこそなんだろう?」と、言外に滲ませながらたずねる。
「――嫡男である弟には教養学科の受験すらさせなかったのに、かい?」
騎士科に通う生徒のほとんどの生徒は、教養学科の試験には落ちた者か、教養学科であってもDクラスに振り分けられるような生徒たちばかりだ。




