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(……まぁそりゃそうなる……――だって、それ言い出したの教室でしょ? しかも一年とはいえ教養学科のSクラス……――当然王妃派閥の人だっているだろうし、王家やパラディールの足を引っ張りたい家だって潜んでる……――そもそもユリアと仲良くしてるってだけで注目されてるだろうに……――フィリップの様子からすると、火消しに相当苦労したんだろうな……――ん? 待って? 今さっきまで私が疑われてたのって、その情報を喋っちゃったってことなのでは⁉︎)
「――私、喋ってませんよ⁉︎」
「……そのようだね? 家からも正式に謝罪が行くとは思うけれど……」
と、フィリップが猫撫で声でリアーヌをどうにか懐柔できないかと、柵を巡らせ始めた頃――レオンはその言葉に大きく反応し、吐き捨てるように言った。
「こんな話だけで信じるつもりか⁉︎」
「――そうだよ。 私は彼女が漏洩元では無いと判断する」
しばらくの間無言で見つめ合うフィリップとレオン。
やがて先に顔を逸らしたのはレオンのほうだった。
――リアーヌはそんな二人のやりとりを眺めながら(なんか猫の喧嘩みたい……)と、一人場違いなことを考えていた。
「……謝罪しよう」
チラリと視線を向けられそう言われたリアーヌは、カチンと頭の中で試合のゴングのようなものが鳴ったのを自覚していた。
ニコリとビアンカ直伝の美しい微笑みを浮かべ、クスクスと笑いながら口元を手で覆い――そしてレオンに向けて言い放った。
「――どうぞ?」
「……なに?」
訝しげなレオンにリアーヌは一際大袈裟に驚いて見せ、そして不思議そうに小首を傾げながら再び口を開いた。
「あら……今、謝罪をしたいとおっしゃったものですから……――後で、ということだったんですのね? 私ったら勘違いしてしまいましたわ?」
リアーヌの発言にレオンが不愉快そうに顔を歪め、それを見たエーゴンが一歩前に足を出そうとした瞬間、フィリップがその間に立ち、リアーヌに向かい眉を下げた。
「――リアーヌ嬢、怒りはもっともだと思うが相手は――」
「あら? レオン様ですわよね? ――パトリオート家の」
フィリップが嗜めるように言葉を口にした瞬間、目を細めたリアーヌが切り捨てるように冷たい言葉で遮った。
(――出来るもんなら反論してみやがれ! なーにが『謝罪しよう』だ! さっさと謝れ! 頭の一つでも下げろ‼︎ 顔が良くて王子だからってなんでも許されると思うなよバーカッ‼︎)
「…………すまなかった」
レオンは少し立ち位置を変え、リアーヌから見える位置に立つと、スッと頭を下げた。
多少のなげやり感があり、エーゴンはリアーヌを噛み付かんばかりに睨みつけていたりもしたが、体裁を繕った正式な謝罪の言葉だった。
(……せめて、申し訳ございませんでした、な気はするけど……――コイツまじ王子だしな……――これ以上目ぇつけられたって嫌だし……)
「……まぁ、よろしいんじゃなくて?」
――リアーヌは正真正銘、ここで手打ちにするつもりで、その言葉を口にしたのだが……
この場合のこの言葉は、あまり適切なものではなかった。
「……リアーヌ嬢、今はフォロー役がいないんだ。 発言には気をつかって欲しい」
キュッと眉に力を入れたフィリップが不機嫌であることを隠そうともせずに言い、エーゴンに至ってはリアーヌに殺意すら向けているかの形相だった。
(……なんで⁉︎ もういいよって言っただけじゃん⁉︎ 私なにをどこで間違えたの⁉︎ ――マズいんじゃない? 流石に未来の王様であろう人を本気で怒らせるのは、ものすごくマズいんじゃない⁉︎)
そう考えたリアーヌは動揺する気持ちをひた隠しながら、とりあえず謝っとおこうと、レオンに向き直りスカートの裾を持ちながらレッスン通りの美しい所作で頭を下げた。
「――申し訳ございませんでした。 レオンハルト王子殿下、フィリップ様……――エーゴン様」
その言葉に部屋の中にいた者たちが息を呑む。
リアーヌは王家に睨まれると不味いと思い、とりあえず口にした謝罪の言葉だったが、フィリップたちからすれば盛大な皮肉の言葉となっていた。
――そもそもご令嬢を騙して閉じ込めているのはフィリップたちであり、リアーヌは哀れな被害者でしかない。
そして、そうなったきっかけ自体も自分たちの勘違い。
それに対する謝罪を申し出たのはレオンから……――にも関わらず、今度はリアーヌに対して「口の聞き方を……」と注意をする……
先ほどのリアーヌの謝罪の言葉は、これらの行為全てを当てこすられ、言外に非難されているも同等の言葉だった。
……――言葉の裏を読み慣れているフィリップたちからすれば、だが。
(……なに? 発言に気を使えって言われたから気を使ったのに、なんだか私がまたやらかしたみたいな空気にされている……――ビアンカ助けて! 私もうどうしたらいいのか分かんないっ!)
混乱し、少し涙をにじませながら相手の出方を伺うリアーヌだったが……
(……あれ? なんか……みんなあんまりわたしのほうを見てないような……? ――これはチャンスなのでは⁉︎)
視線を交わし合い、自分たちの非道と、リアーヌへの対応を協議しているフィリップたちを観察しながら、リアーヌはゴクリと唾を飲み込んだ。




