311
「……いやだって、学園の外には出ちゃマズいだろうし、そもそもみんな、楽しく遊べるほどのお金、持ってないでしょ?」
そんなリアーヌの説得のような言葉にキュッと眉を寄せるレジアンナ。
そんなレジアンナを見て、友人たちの一人がおずおずと意見を口にする。
「……けれどカフェなどではすぐに見つかってしまって面白くありませんでしょう?」
「それは……」
その意見に口ごもるリアーヌ。
確かに、前回はあまりにはしゃぎすぎた結果、次の授業が始まる前には教師たちに見つかり――しっかりと釘を刺されていた。
『おや? 今は授業中だけれど……どうしたのかな?』
『婚約者の気分が急に悪くなってしまったので少し休憩を……』
『それは……大丈夫かい?』
『えっ……』
『――ええもうすっかり。 ね?』
『――はい!』
『それはよかった……――次の授業には遅れないようにね?』
『ええ。 もちろん』
(……もはやあれは『今回は騙されてやるけど、次の授業もサボるなら容赦しねぇからな?』って脅し。 絶対そう。 でもそうか。 このお嬢様方は見つかりたくないのか……まぁ、お嬢様的にサボりがバレるのはよろしくないか……――でも、そうなると……)
「……――じゃあ直接バラ園に行ってみたり……?」
(あそこのバラ、結構背が高くて大きめの庭だったから、人影が見えても身を低くしてれば、それなりには隠れられるんじゃないかな……?)
「……言われてみればあのバラ園を近くで鑑賞したことはございませんわね?」
「――あのバラ園にはどうやって入るのかしら?」
「……近くの通路からでしょうか?」
「通路はありますよね? 庭師の方がたまに歩いてらっしゃるもの……」
ご令嬢たちはバラ園についての情報を話し合いながら顔を見合わせ――そしてクスリと笑い合う。
「……――なんだか楽しくなって来ましたわ?」
そんなレジアンナの発言が決定打となり、授業をサボってのバラ園散策が決まった。
「授業をサボるだなんて初めてですわ?」
「――クラリーチェ様にもお声掛けしてみては……?」
「いい考えねっ⁉︎」
友人からの提案にレジアンナは瞳を輝かせて大きく同意する。
「――レジアンナ、お声が少々……」
「あら失礼……」
ビアンカの指摘に、レジアンナは自分の口元にそっと手を添えた。
「――どうやってお声をかけましょうか?」
「それは――……」
そう言い合いながらレジアンナたちは、どうやってクラリーチェを外へと連れ出すのかを相談し始めた。
そんな姿を見つめ、リアーヌはビアンカのほうに頭を傾けながらこっそりと話しかける。
「……大丈夫だと思う?」
「――あくまでも学園内でのことですし……たまのことならは仕方がないわよ。 ――それに私もクラリーチェ様には気分転換が必要だと思うわ――あれは……あまりにもお気の毒よ」
その言葉に同意するように頷くリアーヌだったが、ビアンカの言葉に多少の引っ掛かりを覚え、頭の中で二度三度と復唱する。
そして――
「……私、二回目じゃない?」
とたずねかえしていた。
「……まだ巻き返せますわ?」
ビアンカはツイッと視線を逸らしながら短く答える。
――言葉とは裏腹に、そう簡単に巻き返せるとは思っていないようだった。
「私だけ留守番とか……」
「そんなことが許されると思って?」
「……思いません」
リアーヌがそう大きく肩を落とした時、
「クラリーチェの呼び出しはそれでいいわ。 ……けれど授業が始まるまでの間はどうしましょう?」
と、そんなレジアンナの声が聞こえて来た。
「さすがに先生方に見られるのは……」
「――うちのサロンは比較的出口に近いかと。 そこまでの広さはありませんが……」
一人の友人がそうレジアンナに申し出ると、それに頷きながら「私たちが隠れるれられるならいいわ」と返し、みんなに目配せするレジアンナ。
それに他の友人たちやビアンカ、そして意味もわからずみんなに倣って頷き返したリアーヌが同意を示したことで、当日の段取りが決定した。
休憩中にクラリーチェを迎えに行き、その後人気が無くなるまでサロンで待機。 そしてバラ園まで移動――そんな流れになったようだ。
「……ふふっ なんだかドキドキしてきましたわ?」
「……実は私も」
(お付きや護衛の皆様は違う意味でドッキドキでしょうね……――どうしよう。 みんなの実家から苦情が殺到したら……)
「では――参りましょうか?」
そう言って立ち上がるレジアンナ。
周りの友人たちも習うように椅子から立ち上がった。
「……今日⁉︎」
「そうよ? ぐずぐずして邪魔が入ったら面白くないじゃない」
「そっ、かぁ……?」
そう曖昧に頷きながら席を立ったリアーヌは、声をひそめてビアンカに話しかけた。
「――もはや止めていただいたほうが家的にいい気がしている……」
「もはや誰にも止められませんことよ……」
微妙に教室内の注目を集めながら廊下へと進んでいく一行に、困ったように声をかける人物たちが現れる。
「あー……レジアンナ?」
その筆頭はレジアンナの婚約者であるフィリップだった。
レジアンナたちの会話を把握していたようで、困ったように言葉を探している。
――止めたい気持ちは強かったが、それによってレジアンナにヘソを曲げられるのは避けたい様子だ。




