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「……なにかしら?」


 ビアンカのそんな呟きと同時に、廊下近くや教室の後ろに控えていた各家のお付きや護衛たちが、情報収集のために動き出す。


「――この学科でこんな騒ぎが起こるなんて……」


 レジアンナが表情をさらに歪めて苦々しげに呟く。


 ――レジアンナがこんなことぐらいで思わず不機嫌になってしまうほどには、この“教養学科”という場所はこの国の未来を支えるであろうエリートばかりが集まっていた。

 派閥争い等があったとしても、こんな風に周りの注目を集めてしまうような騒ぎは、まず起こるはずの無い場所だった。

 廊下で誰かが誰かとぶつかった――その程度の話題でもウワサになってしまうほどには、表立ったトラブルとは無縁の場所だったのだ。

 おしゃべりが盛り上がったとしても、あくまで他の者の目を気にしつつ、男子生徒同士がたまにじゃれ合いをすることもあったが、それとて本人たちは周りにどう思われているかを計算しているのが普通だった。


 入学したての頃はたまに派閥争い等での“イタズラ”が行われることもあるが、そのあたりは貴族のメンツが関わっていることなので、口を挟むような愚か者はいない。

 ――そもそも誰がやったかなんて分からないことなのだ。

 そういったことは証人も証拠も残さないことが基本なのだから……

 ――しかし大体の者たちは、どこの家の指示なのか……程度のことは察しがついていたのだが……


「――失礼いたします」


 そう言いながらミストラル家の使用人がレジアンナのそばにひざまずいた。

 その姿にチラリと視線を向けながら「なにかありまして?」と短くたずねるレジアンナ。


一学年(いちがくねん)の教室でかの方が少々……」

「――またあの方なの……」


 吐き捨てるようなその声色に、同席していた友人たち、そしてビアンカやリアーヌたちまでもが、不用意にその怒りを買ってしまわないように、そっと顔を背けた。


「関わっている事は間違いございません」

「――クラリーチェ様は?」

「動揺なさっているように見受けられましたが、シャルトル家の方々やパトリオート様がおそばにおられましたので……」

「――そう。 後で詳細が聞きたいわ」

「かしこまりました」


 そう言い終わると、同席していた友人たち――つまりリアーヌたちに一礼してから、キビキビとした態度で定位置へと戻っていった。


「――……特別製が聞いて呆れましてよ」


 地の底を這いずるかのような低い声がレジアンナの口から漏れ、そこまで大きくないはずのその声は、奇妙なほどに教室の中に響き渡った。


「……レジアンナ、いいかな?」


 そう言いながら近づいてきたのはフィリップだった。


「――あらフィリップ様、いかがなさいまして?」

「今週末にでも、レオンたちを招いて食事会を開こうと考えているんだ。 もしよければ公爵たちもご一緒に……――予定はどうかな?」

「……聞いてみないとわかりませんけれど、ご一緒できるようお願いしてみますわ」

「すまないね」

「お気になさらないで?」

「ありがとう。 では週末を楽しみにしているよ」


(……多分このピリッとしたままの感じだと、純粋な話し合い(・・・)じゃないんだろうな……――ユリアの態度について家同士のお話し合い……とかかな?)


 学園から出てもまだユリアの話をしなければならない、そして――おそらくミストラル家もパラディール家もユリアと敵対することを良しとはしないだろうと理解していたレジアンナは不機嫌そうに顔をしかめ、不服そうに鼻を鳴らした。


(……レジアンナがこんだけ嫌ってて、クラリーチェ様にも迷惑かけて……――多分パラディールやラッフィナートも好意的じゃないってのに、絶対に潰されない主人公最強すぎる……――最強(・・)なのはギフトのほうだけかもだけどー)


 食事を終えてしまい、少々手持ち無沙汰になってしまった面々。

 そんな少し居心地の悪い沈黙を破ったのはレジアンナだった。


「――……なんだか今年に入ってつまらないことばかりね」


 ため息混じりにしみじみと紡がれたその言葉にみんなが顔を見合わせてお互いの出方を探る。


(……私は今年は無事にSクラスに入れたから特訓時間がだいぶ減って、ハッピーですけれど……――それでもユリアの存在はちょっと気味悪いかなぁ……?)


 リアーヌはこういった場合、ヘタに口を挟まないことこそが手助けだと学習しているため、口角を上げたまま誰かが喋り出すのを静かに見守った。


「――本当に……去年は色々楽しかったですわ?」

「皆様と流行まで作れましたし!」


 レジアンナの両端に座っていた少女たちが話を盛り上げようと、わざとらしいほど明るい声で同意する。


「スカーレット物語もとっても素敵なものになりましたし!」

「そうですわね。 ――第二弾をお作りになられては⁉︎」


 リテイクにリテイクを重ね続けたスカーレット物語だったが、ついこの間ようやく完成し、発売こそまだだったが、レジアンナと仲のいい者たちにはすでにその本が配られていた。

 ――それを読んだリアーヌの感想は(どれもこれも知っている話な上に、やっぱり天使がうるさ過ぎるっ!)であったが――


「――今はそんな気分になれなくてよ」


 ため息と共に小さく肩をすくめるレジアンナ。

 そんな態度に盛り上げようとしていた少女たちはシュン……と肩を落とし、気まずげに顔や髪をいじりはじめる。


「あら……」

「そうなんですか……」

「残念ですわ……」

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