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(あれで、私だけ教室残されてゼクス様がズンズンどっかいっちゃうの見送るの、結構キツイ気がする…… あれ? 私もなにかやらかしました⁉︎ とか慌てちゃいそう……そしてビアンカたちに慰められてもほとんど効果がないまま授業を受け……いつもよりも上の空で受け流していたことでしょうとも……)
リアーヌの答えを聞いたゼクスは深いため息と共にグシャグシャと自分の頭をかき混ぜるように掻きむしる。
そして気分を変えるようにフッと短く息を吐き出すと、乱れた髪を手櫛で整えながらリアーヌを見つめ、自分が座るソファーの隣をポンポンと叩いた。
リアーヌは少し戸惑いながら(――これ隣に座れってジェスチャーであってるよね……?)と自問自答しながら移動してゼクスが叩いていたよりももう少し端のほうに腰を下ろした。
(これだけ空いてるのに、隣に座るの緊張するとかある……?)
リアーヌはバクバクと激しく動き回る心臓を自覚しながら少しだけ顔を伏せた。
心臓の音と連動するように、頬に熱が集まるのを感じ取ったからなのかもしれない。
しかし次の瞬間、リアーヌはその息を詰め、体を硬直させる。
――ゼクスが隣に座ったリアーヌに腕を伸ばし、ギュッと抱きすくめたからだった。
「――ふぉ……⁉︎」
「ラッフィナート男爵……?」
血の底を這いずるような威嚇の声を上げたオリバーにゼクスはリアーヌを抱きしめ続けながら情けない声を上げた。
「少しだけ……本当少しにしますから……」
その哀れを誘うような情けない声に、オリバーはもう一度不服そうに顔をしかめると、ため息混じりに言葉を絞り出した。
「……五分です。 五分以内には人目に付く場所に移動していただきます。 あの騒動の後、サロンから出てこなかった――などと、言わせるつもりはございません」
「……分かってますよ」
(分かりませんけど⁉︎ なんだか私が分からないうちに交渉が成立しておりますけれどっ⁉︎ ……えっ私、五分このままなんですか⁉︎)
リアーヌは目を白黒させながらも必死に頭を回転させ、自分にできることを……そして、自分に求められたことをしようと迷いながらも自分の手をゼクスの背中にそっと伸ばした。
――そして、
「……よぉーし、よぉーしよぉーし」
と、言いながらゼクスの背中を撫でまわし始めた。
「――ぶふっ……え、俺コレ慰めてもらってるのかな……?」
そう言いながら、口をもにゅもにゅと動かし、笑いを堪えたゼクスが肩を震わせながらたずねた。
「……昔、父さんがこうしてくれた記憶が……」
リアーヌは少々違うベクトルから感じる羞恥心と戦いながらモゴモゴと答える。
リアーヌとて正解のやり方など分からなかったが、今の自分に求められているものがゼクスを通常の状態に戻すべく、慰めることなのだと理解して行動した結果があの言動だった。
母であるリエンヌやザームは、なにも言わずにリアーヌの好物を作ってくれたり譲ってくれたりしてリアーヌを慰めるため、この場では父サージュのやり方しか参考にならなかったのだ。
「ふふっ……子爵らしいね? ――……その時のリアーヌはなに拗ねてたの?」
ゼクスに尋ねられリアーヌは記憶を探るように首を傾げた。
「あー……確か、ツバメの巣立ちが見られなかった……とかだった気がします」
「ツバメかぁ」
「昔住んでたトコの軒先に巣を作ったツバメがいて、私はその子供たちが巣立つところを見るの、楽しみにしてたんですけど……朝早すぎて私は起きていなくって……――ザームは見たのに……っ!」
「あー……」
リアーヌの言葉に、ゼクスは同情的な声で相槌を打つ。
(――なんか思い出したらまた腹が立ってきたっ!)
「大体! ザームはリアルラックが高いんですよっ! だからいつも私が損ばっかりで……」
「おぅ……」
「おやつだってザームはたくさん食べても怒られないのに……」
「……あー、リアーヌー?」
独り言のようにぶちぶちと弟に対する不平不満を語り始めたリアーヌ、そしてゼクスは笑いだすのを堪えながら遠慮がちに声をかけるゼクス。
しかしリアーヌの愚痴はまだまだ留まることを知らなかった。
「なのにあの子ったらいっつも私のおやつ取って!」
「――よぉーし、よぉーし」
ゼクスは笑いを堪えたような声色でそう言いながら、リアーヌの背中や頭を撫でた。
リアーヌはからかわれたと感じたのか、子供扱いされたような気がしたからなのか、ゼクスの方にアコを乗せて思い切りその唇を尖らせた。
「……その程度で止めてください。 あーあー……髪が乱れて……」
そう言いながらオリバーがリアーヌの髪を直し始め、それを見たゼクスはふふっと笑いながらリアーヌから手を離した。
「……もう平気ですか?」
「――うん。 補給完了」
「私は栄養素だった……?」
眉をひそめるリアーヌにクスクスと上機嫌に笑ったゼクスは、そっとリアーヌの頬に手を添え、真剣な顔つきでリアーヌを見つめた。
「ゼクス、さま……?」
「――信じて?」
「……え?」
「俺はリアーヌと幸せになりたいんだ……」
そう言いながら両手でリアーヌの顔を包み込むと、そっと自分の顔を寄せ――




