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リアーヌが戸惑っていると、ユリアはさらにくってかかる。
「もう夏休みまでの予定が全部埋まってるっていうのも変だし、婚約っていったって結婚してるわけじゃないのに、もうお嫁さん気分なのおかしいと思うけど!」
リアーヌが反応するよりも早く……――誰よりも先に反応を見せたのはレジアンナだった。
背後からガタンッという椅子から立ち上がる音と、フィリップの焦ったような静止の言葉を聴きながら、ゼクスは笑顔を絶やすことなくユリアに話しかけた。
「……言葉には気をつけたほうがいい。 私たちの婚約は陛下がお認めになっているものだ。 ――それともまさか、国王陛下の認めた婚約を“おかしい”だなんて言い出すつもりかい?」
「け、けど! 結婚ってする人同士の問題で……」
「そうだ。 私たちの問題だ。 ……なのに、どうしてあなたが口を出すのです? 両親でも親戚でも――ましてや友人でもないあなたが?」
「それは……」
ユリアはゼクスの言葉に答えられず、助けを求めるように周囲に視線を彷徨わせ――その視界に再びリアーヌを捉えると、キッと睨みつけながらゼクスに向かって言い返した。
「貴族だからって本当に好きな人と結ばれないなんておかしいものっ!」
「――話にならない……」
ゼクスはユリアの言葉に、貼り付けていた笑顔を全て取り払ってため息混じりで呆れたように呟く。
そしてリアーヌに向き直ると眉をひそめたまま申し訳なさそうに口を開いた。
「リアーヌごめんよ? ……こんな方だと思わず……君に不快な思いをさせたね……?」
「いえ……?」
明らかに機嫌を損ねているゼクスに少し怯えつつも、気にしていないと首を振るリアーヌ。
「ぁ……――ねぇ待って! 一度ちゃんと私の話を――」
ゼクスの腕にしがみつくように話しかけてきたユリアを強引に引き剥がしながら、ゼクスはほんの少しだけ声を荒げた。
「――二度と! ……二度と話しかけないでもらえるかな?」
「え……」
ゼクスの態度にビクリと肩を震わせるユリア。
――彼女の中ではゼクスを怒らせるようなことは言っていないつもりだったようだ。
「……行こ?」
「……え?」
ゼクスに言わながら進んだ先は教室の外――廊下で、リアーヌは思わずゼクスにしがみ付きながらその顔を見つめる。
「ま、待って!」
「――近づけるな」
「……はっ」
ゼクスのに向かって再び手を伸ばすユリアをかわすように避けたゼクスは自分の護衛たちに一言命じる。
護衛たちは小さく頷くと、すぐさまユリアとゼクスの間に身体を滑り込ませ、ユリアをブロックした。
「ちょっ私はゼクス君と……!」
背中でそんな声を聞きながらリアーヌはゼクスに導かれるがままに廊下を進んでいく。
「えっと……?」
「いいから」
(いいことなんてどこにも無いように思われますが……?)
戸惑うリアーヌだったが、手を引かれながら腰をつかまれ、そのままズンズンと歩くゼクスのスピードについていけず、歩き始めて少し経った時点で、もはや抱えられるように持たれたまま、授業の予鈴が鳴り響く廊下をずんずんと進んで行くのだった――
(……当然だけど、ことごとく注目を集めておりますが……?)
微妙そうな顔を浮かべ周りの反応を気にしていたリアーヌだったが、次の瞬間ユリアの言動を思い出し、湧き上がってきた嫌な予感に人知れずこっそりと顔をしかめた。
(……あの露骨な態度はさぁ……――間違いない気がする。 ――いや、言ってることは主人公っぽかったけど……それでも“違う”気がする……――多分……いや、ほぼ間違いなく――あのユリアは転生者だ)
「ここって……?」
ずんずんと歩くゼクスがリアーヌを連れてきたのは、サロン棟の隅のほうの小さな荷物置き場のような小部屋だった。
少しの荷物と木箱がいくつか積み重なっていて、三人がけのソファーが一つに木製の簡素な椅子が二つ。
そして小さなテーブルが一つあるだけのずいぶんと質素な造りの部屋だった――
「うちのサロン」
「サロンなんてあったんですね?」
ドサリと音を立てて乱暴にソファーに腰掛けるゼクスにドギマギしながら、リアーヌも残った椅子の一つに戸惑いながら腰を下ろした。
――それと同時にサロンの扉が開き、息を切らせたオリバーがサロン内に押し入るように入り込んだ。
「失礼いたします。 お嬢様ご無事でなによりでございます」
「あれ、オリバーさん?」
(今日はザームがちょっと危険な訓練するから、なにかあった時のために見守ってくれてたはずなのに……)
「……困りますよ、ゼクス様」
オリバーは軽くリアーヌに頭を下げると、ハッキリと眉を寄せてゼクスを非難する。
「――苦情は向こうさんにいってもらえます?」
オリバーの言葉にゼクスはソファーがギシリッと音を立てるほど、力任せに背もたれに倒れ込む。
(よく分かんないけど、ゼクスがすっごいイラついてるってのだけは把握)
「えっと……びっくりしちゃいましたよねー?」
この場を少しでも和ませようと、明るい声で話すリアーヌ。
そんなリアーヌにゼクスは大きく息を吐き出すと頭を抱えるように手で顔を覆った。
「――……ごめん。 リアーヌに八つ当たりしたって仕方ないのに……」
「……私八つ当たりされたんです?」
「……巻き込みはしちゃったじゃん?」
「あー……でも、あそこで一人残されてゼクス様見送るより、一緒にここのほうが私は良かった気がします……?」




