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「――ですが念のため、お嬢様はかのお方に不用意にお近づきになられませんよう……――間違っても軽々しくお手をお触れにならないで下さい。 これ以上こちらからあの家を刺激したくはございません」
神妙な面持ちで言うオリバーの言葉に、リアーヌも神妙に頷いた。
――その後、細々とした話し合いを経て、ボスハウト家とラッフィナート男爵家は、それぞれでフォルステル家に揺さぶりをかけるということで落ち着いた。
そんなゼクスとヴァルムのやりとりを思い出しながら、リアーヌはポスンッと自分のベッドの上に腰を下ろす。
(――全然刺激しちゃってるじゃーん……とか思ったりもしちゃうけど、やっぱり家としては舐められっぱなしはよろしくないんだろうなぁ……――でも……この状況って、ゲームのシナリオ的にどうなの? 異常事態大量発生中じゃない……? いやだって、もうゲームは始まってるのに……――まぁ、スタートからだいぶ変わってるとはいえ、それでもヒロインが実家の指示でウワサ話流したとか、そんな話、二次創作でも見たことありませんけど⁉︎ なのに、モブとはいえ他の生徒に嫌がらせ……? ……え、主人公ってそんな子なの? イメージじゃないんですけど……? あの子ってもっとこう、まっすぐで明るくって、ダメなことはダメ! ってな性格で……こんな人を陥れるようなことをやるような子じゃないような……――え、やだ。 すごい嫌な予感がする……これは、もしかして……?)
リアーヌは襲ってきた嫌な予感に、ガックリと肩を落とし頭を抱えるように項垂れるた。
「いや、まだだ……まだそうだと決まったわけじゃない……」
そう懇願するような声色で呟きながら、寝支度をするためにノロノロと立ち上がった。
◇
教養学科Sクラスの教室――
授業と授業の合間の休憩時間に、リアーヌはクラスの友人たちと集まり、首を傾げあっていた。
「――確認ですけれど、あなたなにかしましたの?」
「しゃべったこともございません……」
ビアンカからの質問にやはり首を傾げて答えるリアーヌ。
ことの始まりは数日前。
なにかとユリアとエンカウントすることが多くなり始め、そしてユリアやその友人たちがリアーヌに対して、あからさまな態度をとり始めたのが最初だった。
まるでいじめっ子を糾弾する正義も味方のように、そしてそれを支持する友人たちのように――あたかもリアーヌが悪者であるかのような態度を取り始めたのだ。
(……うちもフォルステル家にちょっかい出すって言ってたからその影響……? ……でも、そういう家と家のトラブルってあんまり周りに気取られちゃいけないのに――……うん。 当然のように教わってなさそう……)
「……しゃべったこともないのに、あの態度なんですの……?」
ビアンカは困惑したように目を見張った。
「……やっぱり私睨まれましたよね?」
教室移動の際、偶然にも遭遇したユリアと専門学科の生徒たち。
いつもは合うことなどないのにどうしたのだろう……? と不思議に思いながらもすれ違ったリアーヌたちだったが、その集団が明らかにリアーヌに対して嫌な目つきを向けていたのだ。
「……あからさまにあなたを敵視していらっしゃったわね……?」
「やっぱりかぁ……」
言葉を濁しながらも肯定するビアンカに、リアーヌはかすかな希望すら打ち砕かれた様子で項垂れた。
相手はヴァルムから不用意に近づくなと言われている上に、個人的にも思うところがある相手だ。
できれば自分の気のせいであって欲しいと願っていた。
「――なんなんですのあの態度! そもそもあそこはは教養学科の生徒しか用のない場所でしょう⁉︎」
レジアンナが忌々しそうに言い、その周りも面白くなさそうに同意する。
――確かにユリアとエンカウントした廊下は教養学科の生徒が使うダンスホールや立ち振る舞いの授業の時に使う大きなサロンがあるエリアではあったのだが、その廊下を近道代わりに使う他の生徒がいない訳でもなかった。
が、それを踏まえた上でも、あの時間あの辺りに専門学科の生徒たちが使いそうな施設は見当たらなかったのだ。
「……かの方はあそこにどのようなご用事がおありだったのかしら?」
「なにかお探しなのでは?」
「あら……忙しないお方ですこと……」
レジアンナの取り巻きたちが、ヒソヒソくすくすと言葉を交わし、それを聞いていたレジアンナもの少し満足そうに口角を引き上げる。
――今の会話をリアーヌが理解できる会話に意訳するならば、
『あいつなんであそこにいたの?』
『しらね。 男でも漁りに来たとか?』
『節操なしじゃん……ひくー』
といったところだろうか。
「……今日の一階はどうかしら? ……最近妙な虫が出るとウワサでしたけれど……?」
表情を曇らせたレジアンナが、一階の教室にいるクラリーチェの心配をする。
連日のようにユリアがレオンの元に訪れてては、なにかと騒動を引き起こしていることを揶揄しながら。
「……心配ですけれど様子を見に行って大事にしてしまうのも……」
「そうですわねぇ……」
「――その虫に常識や節操が少しでもあれば……」
「――無理よ。 “虫”なんですもの」
忌々しそうに言い捨てたレジアンナに周りはコロコロと楽しげな声を上げ笑い「そうでございましたわねぇ?」「いやだわ」などとと笑いあっている。




