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(――母が不慮の死を遂げ、私は叔父にあたるパラディール公爵に保護された……――そして今日まで身を隠すように生きてきたんだ……あの女の目を盗みながら。 ――すべては兄を引きずり落とし、母の無念を晴らすため…… あの女を王妃として王家の墓になど入れてたまるか。 父の王妃は私の母ただ一人だけ。 ……母の無念を晴らすためなら、私はなんでもしてみせる)
「……クラリーチェは許してくれないだろうな」
暗い窓の外、見慣れた庭に咲く色とりどりの花を思い出しながら、心に浮かんだ人をに想いを馳せる。
(――知らせるつもりはないが……だが、気が付かれてしまったならば、私から心を離してしまうかもしれないな……――けれど……それでも曲げられない。 殺された挙句、その地位さえ奪われてしまった母が哀れで……今も王城でのうのうと生きているあの女が憎くて……どうしても許せない)
窓に咲く花――小さく控えめで、けれども愛らしいクラリーチェによく似合う花――
二人のスクラップブックに最初に花にしたためたその花を思い出しながらレオンは深いため息をついた。
たった今、自分たちの仲を取り持ってくれたはずのリアーヌを害す話を取りまとめた。
今更ながらにそれを実感し、て腹の奥から込み上げる気持ち悪さを無理やり飲み込んだ。
(……こんなものもはや政治でもなんでもない……――単なる保身にすぎない……クラリーチェは……きっと許してくれないな……)
もう一度同じ言葉を心の中でつぶやいて、襲ってきた罪悪感に手を握りしめ、瞳をキツく閉じて堪えた。
(――王になるのだ。 あの女の血を王族に残すことなど認めない……!)
◇
「うーん……そんなギフト持ってないんだけどなぁ……?」
ゼクスは教養学科付近の廊下で、リアーヌに突撃してきた騎士科の生徒に向かい、困ったように眉を下げていた。
そしてその後ろで、リアーヌも同意するようにコクコクと頷いている。
「お願いします。 俺も護衛します! 必死に働きますからっ‼︎」
「イヤイヤ……だからね?」
何度も頭を下げる男子生徒に向かい、ゼクスは困ったように頭をかく。
そして男子生徒の肩をポンポンと叩きながら顔を上げるように促した。
「リアーヌのギフトはコピーなんだよ。大方弟君のことで去年から騎士科に顔を出していたから、そんなウワサが出ちゃったんだと思うんだけど……」
冗談めかして説明するゼクスだったが、男子生徒はごまかされる気配もなくグッと両手に力を込めながら力説を再開する。
「俺、秘密は守ります! 口は固いんですっ」
(こんなところでそんな大声でペラペラ喋っといてその言葉は信用できないわー……――あ、私がまだクライアントじゃないから……? ……いや、それにしたってダメでしょ……)
ゼクスの後ろでリアーヌはこっそりとため息をもらした。
「まいったなぁ……」
そう困ったように首を揉むように撫で付けるゼクスだったが、あることに気が付いたかのように急に顔を明るくする。
「あ、そうだ! リアーヌの力って、ラッフィナート商会に優先権があるんだった」
「優先権……?」
ゼクスの言葉に男子生徒は訝しげな表情を浮かべる。
「そう。 ――もちろんうちの婚約者はそんなギフトなんて持ってないよ? でも仮に持ってたとしても、婚約の条件にギフトの優先権はラッフィナート商会にあるって取り決めちゃってるんだよー……だからごめんね?」
「……――つまり、ギフトを使う時はラッフィナート商会の許しが必要になる……?」
「……あくまでも優先権だからそこまで強くはいえないけど……――せめて事前に連絡ぐらい欲しいかなー? って思っちゃうかも⁇ ――こっちとしても家の名前が入った契約だからさ……?」
それまでのにこやかな雰囲気から一変し、圧をかけるように微笑むゼクス。
そんなゼクスにたじろぎ、ジリリッと後ずさる男子生徒。
「――ま、重ねて言うけど、そんな力無いんだけどねー?」
また芝居がかった調子で、ふざけたように伝えるゼクス。
男子生徒は戸惑った様子で、チラリと同行していた女生徒に視線を送った。
その女子生徒は廊下の端にひっそりと佇み、ジッとゼクスたちのやり取りを見つめていた。
そして男子生徒と目が合うと、かすかに首を横に振る。
その動きを見て、男子生徒はがっかりしたように大きく肩を落とす。
「じゃあやっぱり勘違いなんですね……」
男子生徒はしょんぼりとそう言うと「お騒がせしました……」と言いながらゼクスたちに背中を向けた。
――そんな男子生徒の背中に今度はゼクスが疑問を投げかけた。
「あ、待って? ――その勘違いって誰かと話しててしちゃった感じ?」
「……え?」
振り返った男子生徒にゼクスは肩をすくめながら質問を重ねる。
「いや、君の言い方がまるで、誰かから話を聞いて勘違いしたみたいに聞こえたから……――それって誰?」
ニコリと笑ったゼクスに対し、男子生徒はあからさまに動揺し、視線を揺らしはじめた。
「い、いや……――俺が、俺が勝手に勘違いしちゃっただけで! 本当すみませんでした!」
「あ、ちょっと……」
ゼクスの制止の言葉も聞かず、男子生徒はバタバタと廊下を走り去っていく。
残された女子生徒にチラリと視線を向けると、残された女子生徒も気まずそうな顔つきでペコリと頭を下げ、そそくさと離れていった。
「――ずいぶんとウワサが出回ってるねぇ……」
ポソリと聞こえてきたゼクスの言葉に、リアーヌは嫌な予感をヒシヒシと感じていた――




