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そんなフィリップに視線を伏せたレオンはそっと視線を外しながら口を開く。
「……それにしてもなぜボスハウト家はラッフィナートと手を組んだのか……」
レオンは窓の外を眺めながらポソリともらす。
自分の敵となる存在なのか、実はすでに父との間になんらかの密約が交わされているのでは……――ボスハウト家を疑おうと思えばいくらでも疑えた。
「――すまない。 もう少し早く動いていれば……」
レオンの言葉に申し訳なさそうに眉を下げるフィリップ。
ボスハウト家を侮り、後回しにしている間にラッフィナートに持って行かれてしまったという自覚があった。
しかしそんなフィリップに、レオンは慌てて言葉を重ねる。
「いや、あれほど友好的な関係にあるんだ。 君にはなんの落ち度もないさ。 ……それにクラリーチェにも良くしてくれている」
そう言いながら照れ臭そうに視線をうろつかせるレオンに、フィリップは視線で詳しい説明を求めた。
「……最近、クラリーチェが心の内を明かしてくれた――それがどうもあの方々に勧められたから、らしい」
「……君とユリア嬢に対する心の内、かな?」
「ああ。 事情は理解しているから邪魔はしない、だが面白くはない……と訴えられた」
「――なにも手を引くことは……」
「完全に手を引く、とは言っていない。 現状のままで良いと言っているんだ――……あの娘はどうあがいても王妃にはなれない。 クラリーチェの足元にも及ばない」
そんなレオンの言葉にフィリップの口からはクスクスという笑い声が漏れていた。
「――なんだ?」
トゲのあるレオンの質問に、フィリップは困ったように笑いながら肩をすくめた。
「いえいえ……――つい先日まで、家のための政略結婚。 相手もそれを理解している――などと冷めたことをおっしゃられていた方のお言葉とは……?」
冗談めかしたフィリップの態度に、レオンはフンッと小さく鼻を鳴らすと、ニヤリと顔を歪めた。
「婚約者に対する発言については、お互い様だと思うが……?」
フィリップはそんなレオンの発言に両腕を上げ、降参の意思表示をする。
そして互いに顔を背けながらもクスクスと肩を揺らし合うのだった。
ひとしきり笑い合ったのち――
フィリップは真剣な表情になってレオンを見つめる。
「――レオン」
「……なんだ?」
「リアーヌ嬢はおそらく豪運のスキルを持っている」
「……コピーした、と?」
「どの程度扱えているのかは分からない。 パトリックの報告によると、コピーしたての力は、使い慣れていないからうまく使えないのだとビアンカ嬢に話していたそうだ。 ……だが、持っていることに違いはない。 ――今日の茶会でラフィナートやビアンカ嬢がしきりに意見をたずねていただろう?」
「……力を使っている?」
「いや使わせているんだと思う」
「使わせる……本人の意思とは関係なく使えるものなのか?」
「子爵のギフトはアクティブ型だ」
「――⁉︎ まさかそれすらも⁉︎」
「可能性の話だ。 だが、彼女が親しい者たちに助言をしたことは、私が把握している限り全てうまく転がっているんだ」
「――……ならばユリアは……」
教養学科に編入してくる、と? との質問は言葉にならなかった。
ならなかったのだが、首を振りながら口を開いたフィリップの言葉は、その質問への答えだった。
「――あの答えでは分からないな。 ……あれはおそらく失敗――いやあの男がヘタを打ったんだ」
そう言いながら忌々しそうに顔を歪めるフィリップ。
「……心底嫌ってるな?」
呆れたようなレオンの言葉に、フィリップは素知らぬ顔つきで肩をすくめて見せる。
「馬が合わないヤツというのは誰にでもいるものだろう? ――今回アイツは『ユリア嬢は編入出来るか?』とたずねた。 ――これの答えはおそらくユリア嬢への助言となるんだろう……結果、リアーヌ嬢は力を使わなかったんだ」
「……しかしラッフィナートはユリアが編入すると確信したようだったが?」
「――実際のところ、無い話ではない。
君では無いにしろ、王族に嫁がせようとしているのならば、必ずどなたかが手心を加える。 たとえ側妃にすえる気であっても、教養科は出ておいた方がいい」
「――……兄の正妃にするならば余計、か……?」
「その動きがあってもおかしくはないだろうな」
「――まだあの女に気取られるわけにはいかない。 たとえ父が……陛下がどれほどボスハウト家に心を砕こうとも……――次の王は私だ」
「……もちろんだとも。 君の望みは我が家の望み……」
「……ボスハウト家が、リアーヌ嬢の力が邪魔になるその時は……」
「――心得ているよ。 ……たとえリアーヌ嬢を手にかけることになろうとも、君に玉座を……」
「……――頼む」
――だが、そうならないよう祈っていてくれ……
レオンはフィリップから顔を逸らしながら心の中でつぶやいた。
フィリップが部屋から出ていき、それと入れ替わるようにレオンの侍従であるエーゴンが入ってくる。
その気配を背中で感じながらも、レオンはなにも語らずジッと窓の外を眺め続ける。
(――政治なんてもの、理想だけではどうにもならない……目的を果たすためならば、この手ですら汚すことを厭うてはいけない……――たとえそれが、なんの非もない人物であったとしても……)
レオンは自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
そして真っ暗な空を見上げ、今は亡き母を想った。




