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成り上がり令嬢暴走日記!  作者: 笹乃笹世
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 ◇


 ――その日の夜遅く。

 パラディール家の薄暗い部屋の中、フィリップはレオンと向かい合っていた。


「……まさかこの家で人払いしろと言われるとは思っていなかったぞ?」


 レオンにはどことなく硬い表情を浮かべたフィリップに向かい冗談めかして言う。

 ――世話になっているのは重々理解していたが、それでも信頼している従者を遠ざけて欲しいと言われたことが面白くなく、少々責めるような口調になってしまっていた。


「……ボスハウト家に御用心を」

「――それは子爵か? それともリアーヌ嬢か……もしくは教育が終わっていないから、と言う理由で茶会を欠席した弟君(おとうとぎみ)だろうか?」

「――リアーヌ嬢とその弟ザーム殿は陛下の従姪(じゅうてつ)従甥(じゅうせい)……つまり君のはとこに当たる血筋だ」

「なん、だと……?」


「――確固たる証拠はない。 だが当家の執事たちが口を揃えてあの面立ちは王族に近しいものであると……」

「面立ち……しかし元々ボスハウトには王家の血が流れている」

「ヴァルム殿の行動やオリバー殿の婿入りもある」

「――……オリバーは」

「ああ。 陛下の侍従だった男だ。 ――そしてその陛下が、ヘルムント家への婿入りを……引いてはボスハウト家入りを許している」

「……――盛り返しただけならば、あの家にそこまでの思い入れはないだろうな……?」

「現ボスハウト子爵がまだ使用人であった頃から、ヴァルム殿は頻繁に王城へ足を運び秘密裏に陛下の執事長と会合している」

「――報告、か?」

「……ボスハウトだけの問題ならば、わざわざ秘密裏にはしないだろうし……――そもそもボスハウト側が一方的に望んだとしてもトビアス殿が付き合う謂れはない」

「――王族の行方だからこそ……」

「……証拠はない。 だが……この問題は証拠なんて関係ないんだ」

「……関係、無い?」

「――陛下がお認めになっているかどうかだ。 あの一家が陛下にとって分家の一つに過ぎないのか、それとも……幼き頃にお慕いしていた叔母君の忘れ形見たちであるかどうかだ」

「だが、いくらなんでも証拠が無ければ……」

「――なにも王族に引き立てるつもりは無いだろう。 ボスハウト家の問題もある……だが」


 いいにくそうに言葉を切り軽く息を吐き出すフィリップ。


「……だが?」

「――少しの気配り、少しの配慮、ほんの少しの贔屓……かの方がボスハウト家へ送るそれらの好意(・・)を誰が止められる?」

「……ボスハウトは敵になりえる、か?」


 ゴクリと唾を飲み込みながらたずねるレオン。


「……無いと思いたい、というのが本音です。 私自身、少なからず恩もある……レジアンナもリアーヌ嬢と良い関係を持っている」

「――そうだな」


 レオンは、きっと私も……と心の中で呟きながら小さく頷いた。


「しかし……」

「ああ。 ……しかし、だな」

「――彼女はギフトのコピーができる」

「……――できてしまえば……そしてその気があるならば王座にすら手が届く……」


 レオンは手をきつく握り締めながら、窓の外の景色を睨みつけるかのようにキツい視線を送っていた。


「――サロンでも言ったがもう一度言う。 かの家はなにをもって良しとするのかが全く予想できない。 ……できうる限り友好な関係性を作れるよう心がけよう」

「……――サロンにも顔を出さない嫡男とか?」


 フィリップの言葉にレオンは呆れたように言い、詰めていた息を全て吐き出すかのような大きなため息をついた。


「――科が違うとはいえ……同じ年――少しも面識は無いのかい?」

「……あるにはある」


 フィリップの言葉にレオンは苦虫を噛み潰したかのような苦々しい表情になりながら答えた。

 そんなレオンにフィリップは視線で詳しい話をたずね、レオンはさらに苦々しい表情を浮かべながら口を開いた。


「何度か狩猟の会で顔を見かけた程度だが……ずいぶんな実力者であることは認める……認めはするが――側付きとしては……あれは(ぎょ)しきれん……」


 ため息混じりにレオンは言った。

 ――側付きとは、フィリップにとってパトリックのような存在だ。


「……エッケルト公に向かって「おっちゃん剣使うのうめぇなぁ!」とのたまった男だぞ」

「――前近衛将軍に……」

「公は、そうかそうかと豪華に笑い飛ばしていたが……どうも子爵と交流がある口ぶりだったな」

「ボスハウト子爵と?」

「ああ。 子爵家がまだボスハウト家の使用人だった頃、仕事で鉱山に出向いていたようだ」

「……ああ、鉱山近くには軍の演練場があったな」

「おそらくはその繋がりなんだろうが……こちらとしては寿命が縮む」

「……だろうな?」


 前近衛将軍エッケルト公――

 その名の通り先代の近衛将軍であったのだが、その実力はもちろんのこと、その気難しさでも、周囲から恐れられている人物だった。


「――それに……あの男は妙な力を使う」

「……妙な? ギフトは『身体強化』のはずですが……?」

「――それは本当のことなのか?」


 フィリップの言葉にレオンは眉をひそめ探るようにたずねる。

 フィリップに嘘をつかれるとは考えていなかったが、あえて追加の情報を出さない――程度の情報規制ならばされるかも知れない……という不安があった。


「――そこまでのことが?」

「……やたらと勘がきく。 ……もしかしたら目か耳が優れている可能性も――森の中に隠れた鳥やうさぎの場所だけではなく、数すらも的確に当ててみせた……」

「――それは……こちらでももう少し詳しく探ってみます」


 ザームと良好な関係を築くための話し合いだったが、結果としてザームのことを探ることになっていた。

 ――しかしレオンたちにとって、どのような感情を向けられていようとも、ザームが自分たちの不利益になることをしない、もしくはなんらかの情報によりさせないのであれば、それは良好な関係(・・・・・)と呼ぶにふさわしいものだった。


「……頼む。 必要と判断すれば他の者にも話してかまわない」

「――分かった。 ……必ずや真実を」


 そう言いながらフィリップはレオンに向かい、右手を左胸に当てながら深々と頭を下げる。

 それは、下の者が上のものに対して忠誠を誓う礼の姿勢でもあった。

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