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その内心で大きく動揺しているリアーヌを置き去りに、フィリップはレオンに向い、少し聞きにくそうに質問を投げかけた。
「――レオン。 実際、交流した君の感想が聞きたい」
その言葉にレオンは少し迷うそぶりを見せながらも口を開く。
「今の話を聞いて、色々と腑に落ちた部分はある……――彼女は貴族ではない」
「……“今は”だろう? 流石にこの先ずっとは……」
レオンの言葉に嫌な予感を覚えたフィリップは、その不安を払拭するかのように冗談めかして応える。
――彼女は『守護』のギフトの持ち主だ。
確実に王家――この国の中枢に食い込んでくるはずの人物。
それが貴族の常識を身につけないままでは不都合が多すぎた。
しかしレオンからの返事は、フィリップの希望を打ち砕くものだった。
「その気がないわけではないんだろうが…… だが、その程度だ」
「その程度……」
「ああ。 彼女曰く、今年は受験が間に合わなかった。 しかし来年は教養学科への転入を進められている――と。 だが普段の言動からは――勉強が進んでいる様子は見受けられないな」
「見えないのか……」
レオンの話に、フィリップは落胆したように大きく息をついた。
「教養学科だなんて……図々しい」
静かになってしまったサロンの中、吐き捨てるように言ったレジアンナの声がやけに響いた。
「レジアンナ……彼女の能力を考えるならば、当然の処置でもある……」
フィリップは言葉を濁しながら、ユリアが王族の誰かのに嫁ぎ、王族の一員になり得る可能性が非常に高いことを仄めかした。
万が一王家に嫁がなかったとしても、有力貴族のどこかには嫁ぐはずの人物。
最終的な学歴が、ギフト持ちならば誰でも入学できる専門学科ではあまりにも外聞が悪かった。
「……当然と言えば当然、ですけれど……」
ビアンカがはそれ以降の言葉を濁す。
実力以外の力で学科やクラス分けがされてしまうのは、面白く無いようだった。
「……やっていけるのでしょうか?」
そうたずねたのはパトリックだった。
このまま侍女も付けずに教養学科に入ったとして、ユリアがどうやって周りと交流を持つつもりなのか、純粋に疑問に思っていた。
「……手を貸すものは多いだろう?」
言外に「あのギフトを持っているんだから……」と匂わせながらフィリップはおざなりに答える。
「足を引っ張ろうとする方々も多そうですけれど!」
フィリップに反論するようにレジアンナが顔をしかめる。
その意見にパトリックは眉を下げながらやんわりと否定の言葉を口にした。
「それでも……そう簡単に手は出さないのでは……? ――彼女の不興を買うのは……恐ろしい」
その言葉に思い切り顔をしかめたレジアンナだったが、反論の言葉は見つからなかった。
面白くなさそうに口を窄めるレジアンナ。
そんな彼女をあやすように、ギュッと手を握り締めながら、フィリップはレオンに向かって口を開いた。
「――君の見立ては?」
「……彼女が教養学科でやっていけるかどうかの見立てか?」
「ああ」
「……時期尚早」
「――様々な思惑を考えた上で、だぞ?」
「その上で、だ。 早すぎる。 ……手を貸せばなんとかなるレベルの話ではない。 黙って頷くことすらできない子供と同等か、それ以下だ」
(……ん? あれ、今主人公の話してる? え、主人公はガキ以下って話を攻略対象者たちがしちゃってます……⁇)
「そこまでか……――私としては教養学科の方が好都合なのだが……――フォルステル家のお手なみに期待、か……」
(――待って? え……学園に通い出してからマナーや立ち振る舞いの勉強なんて、しなかった気がするけど……――それともゲームに描かれてないところで、ちゃんとやってた説……?)
混乱するリアーヌを置き去りに会話は進んでいく。
「――付け焼き刃でなんとかなるほど、教養学科編入は甘くはないと思いますが……」
そこまで言ったビアンカはリアーヌを視界に入れ、大きなため息をついた。
(――なんとかしたこと、すごい根に持つじゃん……)
「そうよ、そこまで甘くないわっ‼︎」
ビアンカだけではなくレジアンナからも言われ、リアーヌは居た堪れなさから「すみませぬ……」と小さく謝罪していた。
その言葉で、自分の失言に気がついたレジアンナは、慌てて自分の言葉を否定する。
「ち、違……――私そんなつもりじゃ……」
言葉を詰まらせながら、オロオロと言葉を探すレジアンナに、ビアンカは気の毒そうな視線を向けると、そのフォローをするためリアーヌに向かって鼻を鳴らした。
(……喧嘩を売るつもりなら買うことも辞さないが……?)
思わずビアンカを睨みつけたリアーヌだったが、その口から続けられた言葉は、その怒りを急速に萎えさせるものだった。
「――あなた、一年前の自分をどう感じていて?」
(……うん。 喧嘩とかよくないと思うから、早くその話題終わらせよ?)
どう頑張っても勝てないであろう話題に、リアーヌはバツが悪そうに顔をしかめた。
そして答えを促すようなビアンカの視線に、大きなため息とともに答えを吐き出した。
「――甘かったと思う。 ……正直、授業だけならなんとかなる――程度の認識しかなかったし……」
「なってなかったじゃない……」
「ならなかったんですよねぇ……?」
「――まぁ、試験をこなしてAクラス入りを果たす程度の度胸があったことだけは認めて差し上げますわ?」
リアーヌはビアンカからの当て擦りに、ヤケクソのように胸を張って答えた。
「女は度胸……!」
「愛嬌かな?」
すぐさまゼクスに訂正され、リアーヌは気まずそうに、そっと背中を丸めた。




