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「うん、だよね? でも、フィリップ様やゼクス様がその恩恵にあやかろうとした時、その手段って婚姻なのかな⁇」
「なっ⁉︎ そんなわけないでしょう⁉︎ 私は絶対に第二夫人も妾も許しませんわ⁉︎」
「その通りです!」と一斉にヒートアップするのご令嬢たちに、少したじろぎながらもリアーヌは「ですよねー?」と答えながら再びクラリーチェに向き直った。
「――そしてレオン様の婚約者は……」
リアーヌはそこまで言ってある疑問から続きの言葉を言うことができなくなってしまった。
(……あれ? コレここで私がはっきり言っちゃっても良いもんなの? いや、多分ここにいる人たちはみんな知ってるとは思うけど……――それでもハッキリ言葉にしたら、顰蹙買ったりしない……?)
「――私ですわ」
リアーヌの無言をどう捉えたのか、クラリーチェは胸を張り、はっきりと答えた。
「――その通りです」
クラリーチェが自ら宣言した言葉にリアーヌは、ホッと胸を撫で下ろしながら言葉を続ける。
「婚姻関係が一番強い繋がりってだけで、結婚しなきゃギフトの力を貸してもらえないって事はないですよね?」
「――そう、ですわね」
「だったら、クラリーチェ様がこれから取るべき行動は『分かっていても不安なんですけど⁉︎』……って、レオン様に拗ねて見せることだと思います」
(少なくともイジメはダメ絶対! 結果として“惹かれ合う二人が乗り越える愛の試練”になって、主人公の助けにしかならないから!)
「そんなご迷惑は……」
リアーヌの言葉に、クラリーチェは言いづらそうに言葉を濁すが、その後に続く言葉は誰がどう聞いても「出来ない」しかなかった。
「――よろしいんじゃ無くて?」
言い淀むクラリーチェにキッパリとした声をかけたのはレジアンナだった。
「……え?」
「あなたはレオン様の婚約者なんですもの、そのくらいの迷惑かけてもいいと思いましてよ?」
「ですが……」
レジアンナからの助言にも迷うそぶりを見せるクラリーチェに、リアーヌはその背中を押すように優しく話しかける。
「――私もそれが一番良いと思います。
彼女にイタズラしたって、なにも変わりません――……それどころか、そちらの方法はご迷惑になる可能性が高いです」
「……そう、ですわね」
リアーヌの言葉に、クラリーチェは困ったように眉を下げて笑った。
「だからあの子に面と向かって「近づくな」とか言えない」
「――ええ」
「ならレオン様には言いましょうよ。 「私、婚約者ですけど? 最近仲よすぎじゃ⁇ え、ナメてんの?」……って」
「な、なめ……?」
リアーヌは困惑するクラリーチェにクスリと笑いながら、大袈裟な態度でさらに言葉を重ねる。
「拗ねちゃえばいいんですよ! ――だって面白くないじゃないですか」
「ええ……?」
リアーヌの言葉に付いていけず、戸惑いの声を上げるクラリーチェ。
そんな二人の様子をレジアンナはニヤニヤと面白そうに眺め、ビアンカは呆れたように見つめていた。
しかしどちらもリアーヌを止めるつもりはないようだった。
「――だってそもそもがおかしいんです。 自由に好き勝手生きている人のせいで婚約者とギクシャクしちゃうなんて、そんな面白くないことあります?」
(主人公だから、守護のギフト持ちだからって、マナーも立ち振る舞いも免除で、愛する人と結ばれて幸せになりましたーとか、いくらなんでも贔屓が過ぎると思います!)
「――それよ! 私もそう思うわ⁉︎」
リアーヌの言葉に、レジアンが我が意を得たり! とばかりに興奮気味に同意する。
リアーヌはそれに笑顔を向けるだけで返し、再びクラリーチェを見据え口を開く。
「ならレオン様のせいではありませんが……――デートの一回や二回楽しんで、贈り物の一つや二つ、せしめてやりましょうよ!」
「せしめ……」
「……旦那さんが若くて綺麗なお姉さんに色目使ったら、新しい服をねだるチャンスなんですよ?」
「――服には困っておりませんわ……?」
昔、近所のおばちゃんたちに教えてもらった知識は、貴族用ではなかったようだ。
「――じゃ、最近流行ってるルベリー亭の限定スイーツセット」
「それは――……」
リアーヌの言葉に、クラリーチェは初めて視線を揺らしながら迷うそぶりをみせた。
「あそこのハートのマカロン可愛らしいですわよね?」
「色とりどりで!」
最近の流行りということで、少女たちはヒソヒソと声をひそめながらルベリー亭の話題を話し合う。
「ケーキも素敵ですわ? とっても繊細で」
「私はタルトを食べました! 宝石のようにキラキラ輝いておりましたわ⁉︎」
「――クラリーチェ様、羨ましいですわ!」
この少女たちの間では、クラリーチェとレオンがベリー亭にデートに行くことは決定しているようだった。
「……楽しそうですね?」
「ふふっ なんだか私たちまで楽しみだわ⁇」
ビアンカとレジアンナとクスクスと笑いながらクラリーチェに話しかける。
「あの……」
「――きっと楽しいですよ」
「ですから……」
まだ決めたわけでは……と続けようとしたクラリーチェの言葉を遮るようにリアーヌはさらに言う。
「だってクラリーチェ様とレオン様がルベリー亭にデートに行ったら、今度はそれを今日集まった皆さまに、キチンと報告しなきゃいけませんもん?」
「まぁ! 楽しそう!」
リアーヌの言葉にレジアンナが歓声を上げ、他の少女たちもそれに続く。
そして――
「……それは、とても楽しそうですわ?」
そう、観念したように言葉を漏らした。
その答えに笑顔で沸き立つ少女たち。
そんな少女たちを見つめるクラリーチェは、どこかソワソワと落ち着かなそうに、しかしニヨニヨと口元が歪んでいて――
自身の発言の通り、これから勝ち取るであろうデートをとても楽しみにしている様子だった。
この勉強会から数日後、クラリーチェからレオンとお忍びデートをしたこと、そしてその時の詳しい報告をする場が設けられ、少女たちは面白おかしくその報告を聞いていたのだが……
話の流れでレジアンナやリアーヌがその店でデートしたことを漏らすと、なぜだか、リアーヌたちまでデートの様子を報告する流れになり――
そこからしばらくの間、少女たちの間では“婚約者とデートしたことを報告し合う”という行為がブームになったのだった――
(ノロケ話をするヤツらが増えた……だと⁉︎ あ、でも正直、行って良かったお店とか、そこまででもなかったお店の情報はありがたいです! ――え、路地裏にあるキャラメル専門店……? なにその隠れ家的なお店⁉︎ え、絶対行く!)




