282
「――あら? ちょっとのイタズラで済ませて差し上げたじゃない⁇」
ツンッとアゴをそらしながら言うレジアンナに、リアーヌはかすかにニヤリ……と笑うと、わざとらしい仕草で深々と頭を下げながらもしょもしょと答えた。
「――いや本当、その節は申し訳も……」
そんなリアーヌの態度にギョッとしたレジアンナは慌ててリアーヌの肩に手を伸ばしながら声をかける。
「ちょっ⁉︎ やめてよ! 頭なんて下げないで⁉︎」
「……レジアンナを困らせないでちょうだい?」
うっすらと涙さえ浮かべながら訴えるレジアンナを視界に入れつつ、ビアンカは呆れながらリアーヌのつま先をコツンと蹴飛ばす。
「あははっ 引っかかったー」
「――まぁ⁉︎ リアーヌ意地悪だわ⁉︎」
潤んだ瞳で顔を真っ赤にして抗議するレジアンナだったが、リアーヌと目があった瞬間二人同時に吹き出し、ケラケラと楽しげに笑い始めた。
その笑い声は伝染するように参加者たちに移っていくのだった――
「けれど……じゃあ、なにもしないってことですの……?」
ひとしきり笑い合ったのち、ポソリ……とレジアンナが不満そうに呟いた。
「それは……」
「どう……なんでしょう……?」
レジアンナの周りの生徒たちはチラチラと顔を伺い合いながら答えを探る。
先ほどのリアーヌの話が現実になってしまう可能性を危惧しているようだった。
「……リアーヌはどう思いまして?」
素知らぬ顔をしながら、ビアンカはリアーヌのギフトを発動させようと意見を求めた。
「私?」
「そう。 あなたの意見が聞きたいわ?」
「……やっぱりイタズラとかはダメな気がする」
「なんでですの⁉︎」
リアーヌの答えに、不満げなレジアンナは噛み付くようにたずね返した。
「なんでって……」
(こっちが悪役にされた上に、主人公と攻略キャラの仲を深めてしまう原因になるから……とか説明するわけに行かないからーー)
「――フィリップ様やゼクス様たちが守護のギフトを手持ちのカードにしたいと思ってたら、それを邪魔することになるから……?」
「そ、れは……」
リアーヌの説明にレジアンナは口ごもり、その場にいたほとんどのご令嬢たちの顔色が悪くなった。
実家からなにか言い含められている者たちが思った以上にいるようだ。
「……充分に考えられますわね」
顔色を変えている参加者たちを見回し、肩をすくめながらビアンカは言った。
そしてその言葉に、レジアンナはムッとしたように口を開いた。
「フィリップ様はっ! ――……そうね……? きっと加えられるなら加えると思うし、そのように動かれると思いますわ……」
「ゼクス様なんか、絶対狙ってるよ」
しょんぼりと肩を落としながら言うレジアンナに、苦笑混じりにリアーヌが答える。
冗談めかしたその態度に、レジアンナや他のご令嬢にほんの少しの笑顔が戻る。
「――守護のギフトだから……」
それまで静かに話を聞いていたクラリーチェが、顔色を悪くしながら呟く。
(……そりゃあそうなるよねぇ? だって王子の片方が守護のギフト持ちと結婚したら、その人が確実に時期国王陛下――つまりは王太子に決まる可能性がめちゃくちゃに跳ね上がる。 クラリーチェとしては、レオンがユリアにふらふらするのは断固拒否としても、第一王子と結婚されるのもマズい、と……――今のところユリアはレオンのルートに入ろうとしてるっぽいんだけど……――その場合、クラリーチェはどうするんだろう? この人、妾ぐらいなら……とか、許容してレオンを王太子にする感じなのかな?)
疑問に思いクラリーチェを見つめていると、顔色を悪くした彼女を気づかい、周りの者たちが甲斐甲斐しく世話をやきはじめた。
それに痛々しい笑顔で無理に笑ってみせるクラリーチェ。
(――あ、これ飲み込めないのに無理して飲み込むタイプの人だわ……)
そう思った瞬間、リアーヌの口から勝手に言葉が漏れ出ていた。
ここで自分の考えをきちんと伝えておかないと、この人は潰れてしまうと、なぜか漠然と理解していた。
「イヤならイヤだと言った方がいいです」
「――ぇ?」
「はっきり言葉にしないと伝わりません」
「……ですが、ご迷惑になってしまうから、と……」
あなたが言ったんでしょう? と、言外に続けながらクラリーチェは首をかしげた。
「あ、文句言う相手はレオン様です」
「レ、レオン様は悪くありませんわ⁉︎」
「――そうですとも! あの方が一方的に!」
「レオン様にはなんの非も!」
リアーヌの言葉に目を丸めたクラリーチェが慌てて否定すると、その周りも大きく頷きながら同調する。
「非がなかろうと、邪険にできないと対応しているんだとしても、クラリーチェ様はイヤなものはイヤなんだと言葉にして伝えるすべきです」
リアーヌの言葉にクラリーチェは迷うように視線を揺らしながら俯いた。
「……そんなことを言ったって、困らせてしまうだけです。 だって守護のギフトなんですよ……?」
「――そもそも守護のギフトを手に入れる方法が結婚だとは限りません」
「……ぇ」
「どこの家でも守護のギフトの恩恵にあやかりたい。 でもあの子が女性ということで邪推してしまう」
「そ、れは……」
答えにくそうにリアーヌから視線を逸らしたクラリーチェを庇うようにレジアンナが口を開く。
「――仕方がないことだわ? 初代王妃殿下のギフトなんですもの」
その言葉にレジアンナのそばにいたご令嬢たちだけでは無く、クラリーチェのそばにいるものたちも大きく頷き同意した。




