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「――冷たくはないんですか?」
どういう理屈なのか不思議に思ったリアーヌは観察するようにラルフの手の上にある氷の花黄顔を近づけてたずねる。
ラルフの手のひらに置かれているはずの氷の花は少しも溶ける気配がなく、ラルフ自身も冷たいと感じているようには見えなかった。
「ええ。 自分で作り出した氷で、手のひらにある時間だけは冷たく感じないんです」
リアーヌはその答えに「へぇー」と相槌を打ちながら(つまりは一度手を離れてしまうと普通の氷な訳だ……)などと考えていた。
そしてふと疑問に感じたことを解決させるために、ちょんっとラルフの手のひら――氷の花のすぐそばに触れる。
「ーーあ、普通にあったかい」
意外そうにそう言ったリアーヌは、もう一度「へぇー」と頷きながらマジマジと氷の花を見つめるのだった。
(この感じは本当に冷たく感じてなさげ……私は普通に冷たかったのに……――やっぱりギフトって、常識や理屈が通じるような現象じゃないんだなぁ……)
「ふふっ リアーヌ嬢は実に天真爛漫な方ですね」
興味深そうに自分のギフトを見つめるリアーヌに、小さな子供たちの面影を見たラルフはクスリと笑いながら微笑ましそうにそう言った。
その言葉に照れ臭そうに「エヘヘ……」と照れ笑いを浮かべるリアーヌ。
そのまま二人はエヘヘ、ふふふっと笑い合い、その周りの空気だけが、ほやほやと柔らかいものに変化している。
再び話が進まなくなってしまったことを察知したパトリックはフィリップと視線を交わし合うと、ビアンカに向かい懇願するような視線を送った。
ビアンカは心の中で(私はあくまでも招待客なはずなのですがね……)とグチをこぼしながらも(貸しを作っておくのも悪くはない……でしょうね)と、考え直すと、ぽやぽやと笑い続けるリアーヌに向かって口を開いた。
「――……リアーヌもギフトを披露してみたら?」
「えっ私⁉︎」
「リアーヌのギフトはあまり見ないから、きっとラルフ様も興味深いんじゃないかしら?」
ビアンカの言葉に、リアーヌ「そうなんですか?」という視線をラルフに向けた。
それこそが今日の最大ミッションであったことをようやく思い出したラルフは、少し気まずそうに視線をうろつかせると、気を取り直したように笑顔を浮かべて大きく頷く。
「ぜひ見てみたいです。 フィリップ様から素晴らしい能力だったと聞いていて……できれば私も見てみたいな、と……」
ラルフの言葉に同調するようにパトリックやイザークも大きく頷きながら「是非とも」「フィリップ様が自慢なさるもので……」と口々に言った。
その言葉に少々照れくさくなったリアーヌは前髪をいじりながら「いや、私のもそこまで大した能力では……」と、モゴモゴと答えながら満更でもない笑顔を浮かべる。
「いやいや、ギフトを持っていない人間からすればまさに魔法のような能力ですとも。 ねぇビアンカ嬢?」
「ええ。 私もリアーヌのようなギフトを授かれればよかったのに……」
パトリックに話しかけられたビアンカは心底残念そうに眉と肩を下げながら言った。
「あー……ビアンカは本大好きだもんねぇ……?」
「ふふっ ――ずっとお友達でいましょうね?」
「……喜んでー」
その提案自体はリアーヌとしても願っていることだったが、その話ぶりにとても不穏な気配を感じとったリアーヌは、愛想笑いを浮かべ曖昧に答えた。
「――そういえば、写しとる先は紙でなくてはいけないのかな?」
カップを片手にニコリと笑ったフィリップが、リアーヌに向かって声をかける。
ある程度の事情を察しているビアンカは(……――この様子だとパラディール家は本気でリアーヌを狙ってるのねぇ……)と思いながら、興味深そうにことの成り行きを見守る。
「いえ、わりとなんでもいけますよー。 木と陶器は経験があります」
「陶器にも!」
リアーヌの答えに、氷の花を器に移していたラルフが驚愕の声を上げた。
そんなラルフにリアーヌは少しだけ鼻を高くしながら胸を張って大きく頷いた。
「――では……例えばこれに何かを写しとることは可能ですか?」
フィリップは菓子を取り分けるように置かれていた皿の一枚を手に取りながらたずねた。
しかし、その皿を見た途端リアーヌの顔からは笑顔が消え、だんだんと顔色が悪くなっていく。
「……それ、ですか?」
「なにか……不都合でも?」
なぜあんなにも自信満々だったリアーヌが、急にこんな態度をとるのか理解に苦しんだフィリップ。
不思議そうに首を傾げながらリアーヌと自分が持っている皿を交互に見比べる。
「――そのお皿……お高いですよね……?」
(見るからに高級品だし、それ単なるお皿の一枚じゃなくて、お茶会セットの中の一枚だから数が足らなくなったらセット全て使えなくなるってやつでしょ⁉︎ やめてよ、私感覚的にはド庶民のままなんだから! そんな重圧背負わせようとしないでっ‼︎)
「……普段使いの安物ですよ」
フィリップは愛想笑いを浮かべながらそう答えたが、その言葉を信じる者はリアーヌも含めてこの部屋の中には一人も存在しなかった。
「――皿の裏側にパラディール家の紋章なんていいんじゃない?」
リアーヌよりも正しくこのお茶会の食器の価値を理解していたビアンカは、リアーヌを気の毒に思い、もしかしたらそのまま使い続けられるかも……? という可能性が残る方法を提案した。
「なるほど! それは面白いな」
ビアンカの案に思いの外乗り気になったフィリップの様子に、リアーヌは(こんなに乗り気ならコピーしても大丈夫なのかも……?)と少しだけ心を軽くして、とても高そうな皿を受け取ったのだった。
(落ち着いてリアーヌ、大丈夫よ。 貴族の紋章コピーするのなんか初めてじゃないでしょ。 いつも通り、しっかり見て、寸分の狂いなくコピーするだけ――失敗したらすぐに白をコピーしてやり直せばいいの! 大丈夫! きっとバレないっ‼︎)
そう自分に言い聞かせながら、リアーヌは皿の裏側に手をかざし、フィリップから借りた紋章の入ったハンカチをジッと見つめた。
(あ……これ紋章、黒じゃなくてお皿の色に合わせたほうが素敵かも……?)
そう考えたリアーヌは、テーブルの上に乗る同じデザインのカップやソーサーに視線を移した。
白く薄い繊細な食器たちは、紺と金のラインだけという、シンプルながらも非常に高級感を感じるデザインになっている。
(あのデザインなら紋章は紺……いや金の方が見栄えしそうだし……白地に金は見にくいから多少の粗を隠してくれそう……ーー金だな。 金にしよう!)
そう決めると、リアーヌは目をつぶりながら一つ深呼吸をして、皿に手をかざした。
そして数秒もかからずに、見事なパラディール家の紋章をコピーして見せたのだった。
「これは……」
「なんと素晴らしい……」
リアーヌの能力とその出来栄えにフィリップたちはジッとコピーされたばかりの紋章を見つめながら簡単の声を上げる。
(――よかったぁ……こんな高そうなお茶セット、私のせいでダメにしたらどうしようかと……)
大きく安堵したリアーヌは、ようやく自分に向けられた賞賛の声に気が付き、恥ずかしそうにへにゃり……と笑顔を浮かべ、また少しだけ鼻を高くしたのだった――




