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「……いまだに納得がいかないわ」
新しい年、新しい教室、新しい席――
春休暇があけてすでに数日が経っているというのに、自分の席に着いたビアンカは、どんな偶然か再び隣の席になったリアーヌを見つめ憮然と、心底面白くなさそうな声で言い放った。
「……頑張った結果だもん」
ボソボソと返すリアーヌを見つめ、信じられないものを見たかのようにビアンカは大きく首を左右に振りながら呆然と呟く。
「――貴女が四位……?」
「マナーや立ち振る舞い含めた総合点はギリッギリだったけどね!」
(なりふり構わず点数取りに行って正解だった! あの日の私グッジョブ!)
「そこは胸を張るところじゃ無いわよ……」
「ギリギリでもSクラスはSクラスなんだし、ちょっとぐらい自慢させてよぉー」
「――そうなのよね……ギリギリだろうがなんだろうが……あなたもSクラスなのよ……」
「やったね!」
「……やっぱり納得がいかないわ」
無邪気にピースサインを繰り出すご令嬢の姿に、ビアンカは腹の底からため息をつきながら不満をあらわにする。
「……そんなに私がSクラスなのが不満なの? それとも座学だけだったら私の方が順位が上だから⁇」
「……どちらも」
貴族の会話としてはかなりの明け透けな会話に、周りのクラスメイトたちが人しれず耳を傾けて始める。
そしてその中にはリアーヌが未だに座学だけならば好成績を納めているという事実に、悔しそうに顔をしかめる者たちも混じっていた。
「そんなに不満か……」
(――いや、そりゃ不満か……丸覚えして書き出して穴埋めだからなぁ……――見方によっちゃカンニングと同レベル……誓ってカンニングはしてないけどー。 けど私の必勝勉強法を教えたとき、かなりの葛藤の後「身にならないから……」って、やらないって決めたのはビアンカなのに……)
唇を尖らせながらそんなことを考えていると、クラスの中がさわさわさわっと騒がしくなり、多くの生徒たちが窓の外に見える校庭に視線を向け始めた。
それに釣られるようにビアンカも視線を向け、そして呟くように言った。
「ああ……彼の方ですわ」
その言葉にピクリと反応したリアーヌも窓の外に顔を向けその人物を探した。
「――……ユリア嬢」
そしてそこにピンクブロンドが美しい可愛らしい少女を見つけ、ポソリと呟いた。
「あいかわらず大人気ですわね」
肩をすくめ、少々呆れ気味にビアンカは言った。
そこには、たくさんの生徒たちに囲まれニコニコと楽しそうに笑っている少女が――ゲームの主人公であるユリア・ファルステルの姿があった。
(あ、隣にいるのベッティー・レーレンだ。 ゲームだと攻略キャラの出現場所や好み、現在の好感度とか教えてくれるお助けキャラにして主人公の親友――やっぱり友達になったんだ……)
「ご一緒なのは、専門学科の方々かしらね?」
「ぽいね? あ、騎士科っぽい人も混じってるかも?」
「あぁ、いらっしゃるわね。 ――王家に嫁がないにしても、大貴族のどこかには嫁がれるお方ですもの。 繋がりはいくら合っても足りないくらいでしょうね」
肩をすくめながら話すビアンカ。
その言葉とは裏腹に、ビアンカからは彼女とのつながりを持ちたいという感情は全く感じられなかった。
そしてその言葉に少々思うところがあったリアーヌは、困ったように曖昧な笑顔で肩をすくめ返す。
(――いやぁー? 今のところ、あの子未来の王妃ルートなんですよねー……)
主人公がゲームのシナリオ通りの行動を取る。
――という前提の元に推測するならば、主人公が入学式直後に迷い込んでしまったのは、学院の片隅にある人気もない大きな木が生えた庭――そしてそこに居るのはこの国の第二王子。
最初の出会いだけで判断するならば元の世界で一番人気だった第二王子ルートをユリアは選んでいた。
(これは何気なくを装って、主人公がどこに行くのか、途中までだけど後を付けてたから間違いない……――はず。 ……ゼクスが昼寝してる木陰がある中庭じゃなかったって時点で、かなり気を抜いちゃったんだけど……――その後の予定も迫ってたし後ろにはオリバーさんがいたし……――まぁ、この選択肢は序盤も序盤の選択だから、この後いくらだって攻略するキャラは変えられちゃうんだけどさー)
そこまで考えリアーヌはこっそりとため息をもらした。
そして、おそらく主人公が恋愛相手に選んでいるであろう第二王子について思いを馳せた。
その人物とは、今年教養学科に入学を果たしたレオン・パトリオート。
――これは偽名で本名はレオンハルト・ディスディアス――この国の第二王子だ。
(この国の第二王子なのに偽名で入学して、なおかつ婚約者までこの学院に通ってるのにその秘密を守り通せていたのかは、その生い立ちに秘密がある――らしいんだけど……これゲームだと「あーはいはい、そういう設定なのね。 おけまる」って普通に受け入れられるのに、こうしてリアルになっちゃうと(……え、無理くない? 婚約者サイドは――まぁ黙っていてくれるかもしれないけど、でもお前の顔で無理じゃない? 親だろうが祖父母だろうが、誰に似たって疑われるよね⁇)ってなっちゃうんだよねぇ……――まぁ、ゲームで問題が無かったんだから、多分なんの問題もないんだろうけど……――その生い立ちってのが、いわゆるお家騒動。 この人、今の王妃の子供じゃないんだよねー。 国王と前王妃との子供。 でもレオンが5歳の時に、前王妃が亡くなっちゃって、それまで側妃だった現王妃が繰り上がったちゃったわけ。 しかも現王妃にはレオンより3歳年上のお兄さんがいて――簡単な後継者争いが勃発したわけ。 で、前王妃の実家パラディール公爵家がレオンの安全確保のために病気療養させるって言って引き取って、今回の入学も大事をとって偽名ですることに……――ちなみに創作界隈じゃ、前王妃は現王妃に暗殺された説が市民権を得てたけど、本当のトコはゲームでも出てきてなかったんだよねぇ……レオン本人は、それを強く疑ってたんだけど……本当のところどうなんだろ?)
リアーヌはそんなことを考えながら、歩いていく主人公が見えなくなるまで視線で追っていた。




