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「姉ちゃんまたかよ……」
ボスハウト邸、リビング――
家族や使用人たちに見守られながら学院から届いた封筒を手に、今年も内なる葛藤を繰り広げるリアーヌに、弟のザームは呆れた様子で声をかけた。
ちょうど一年前、入学の通知が届いたする際にも今回と酷似したやりとりをしたことを覚えていたからなのかもしれない。
「う、うるさいな! 自分が合格したからって‼︎」
「しかもS! 良いだろー?」
自慢するように胸を張って誇らしげなザームに、リアーヌはムッとしたように顔をしかめた。
「――ずるい!」
「あ、Sクラスなんだ。 おめでとう」
リアーヌの進学の結果が気になり、少し前からボスハウト邸にやってきていたゼクスは未来の義弟に祝いの言葉をかけた。
「あざッス!」
家族や使用人以外からかけられた初めての祝いの言葉に、ザームは嬉しそうに答えたのだが――その答えはボスハウト家の使用人からすれば、及第点には程遠いものだったようで――
「坊っちゃま?」
壁際に控えていたヴァルムがにこやかな笑顔で圧をかけながら声をかけた。
その声にビクリと肩を揺らすとスン……と無表情になり、カクカクと不自然に口を動かし始めた。
「アリガトウゴザイマス。 ラフィナート ダンシャク」
「あ、はい……? ――良く……受かったね? 騎士科にも社交やマナーの試験あっただろう……?」
ゼクスは言いにくそうに視線をうろつかせ言葉を濁したが、しかし好奇心に負けて最後にはザームに視線を向けてたずねていた。
――心の中で、姉のような奇行を犯したのではないかと疑いながら。
「黙ってりゃバレたりしねぇし、頷いてりゃ相手が勝手に喋り続ける」
「あー、うなず……――いやそれマズいからね⁉︎」
スルリと答えられたその言葉にうっかり納得しかけたゼクスだったが、その内容にギョッと目を剥いた。
この貴族社会、言質を取られることも致命的だが、大勢が見ている中で否定しないことや無言で頷く行為も失点となる場合が大いにあった。
ましてや相手に好き勝手喋らせ自分は頷いているだけ――ともなれば、それはゼクスからすれば自殺行為にも等しいものだったのだ。
「あー……なんかヴァルムさんにも怒られた……」
ショボンと肩を落とすザームに困ったように愛想笑いを浮かべるゼクス。
「――試験でよろしゅうございました」
「……もう二度としません」
「分かっておりますとも」
背後から聞こえてきたしみじみとした声に、ザームはさらに身体を小さくしたのだった。
「――本日は祝いの日でございます。 そろそろ坊っちゃまのプチシュータワーも出来る頃……」
そんなヴァルムの言葉にザームの瞳がギラリと光り、シャキンッと背筋を伸ばした。
しかしヴァルムはザームではなくリアーヌに向かい言葉を重ねる。
「――ですのでお嬢様?」
「わ、分かってるんですけど……」
(私待ち――というかこの封筒の中の結果待ちなんですよね⁉︎ ちゃんと分かってるんです! ――ガバッと行こう……ガバッと! 女は愛嬌と度胸、そして妥協! もう私だけAクラスになっちゃったとしたらクラスを越えてビアンカに泣いてすがりつくだけのことっ‼︎)
覚悟を決めたリアーヌは大きく息を吸い込むとガバリッと封筒を開けその中に書かれた文字に視線を走らせた。
「リアーヌ・ボスハウト殿、教養科学二学年次、Sクラスにて学ぶことを――うっそ……⁉︎」
(……えっ⁉︎ コレ見間違いじゃないよね……? ――印刷時の汚れ……いやいや流石にそれはないか。 ってことは……本当に私Sクラス入り⁉︎)
「――あら凄い、Sクラスじゃない!」
前回同様リアーヌからの報告を待たずにその手紙の中身を覗き込んだリアンヌが明るい声でいった。
「本当か⁉︎ すげぇなリアーヌ⁉︎ さすがはリエンヌの娘だ!」
「まぁっ! あなたったらぁ!」
そう言いながらくねくねと体を捩り照れながら喜びを表すリエンヌ。
そうしている間にもザームやゼクス、そしてヴァルムにアンナやオリバーまでもがリアーヌの手元を覗き込み、自分の目でその内容を確認していた。
「えす……?」
「――そうでございます!」
まだ信じられない様子で呟くリアーヌにアンナが弾んだ声で答える。
「S……?」
「……やるじゃん?」
リアーヌは隣に座っていたザームに視線を合わせ首をかしげ、どこか誇らしげにザームが答える。
「――Sクラス!」
ようやくその事実を飲み込むことが出来たのか、リアーヌはキラキラと瞳を輝かせながらゼクスに向き直った。
その際、背後からオリバーの声で「本当にやっちゃったよ……」という、呆れたような感心したような声が聞こえて来て、リアーヌの自尊心をくすぐってくれ笑みを深くする。
「――おめでとうリアーヌ。 君って本当スゴいよ!」
そう腕を動かしながらリアーヌを賞賛するゼクスに、リアーヌも満面の笑顔で応える。
「はいっ!」
「ーー⁉︎」
そしてリアーヌはその喜びの衝動のままにゼクスに抱きついた。
――と言ってもお互い座っていたので正面から肩と肩がぶつかる程度のハグだったのだが、男女の接触が極端に制限されているこの国では、その行為は驚愕に値するほど情熱的なものだった。
「やった! やりましたよ⁉︎」
「う……そ、そうだね⁉︎」
無邪気に喜ぶリアーヌと突然の接触にドギマギしているゼクス。
「あらあらあらー?」
――この場において、この状況を楽しんでいるのは母であるリアンヌだけだった。




