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「――やった」
リアーヌの答えにハニカムように笑い、小さくガッツポーズをするゼクス。
そんな姿を見てリアーヌは自分の頬が熱くなるのを熱を自覚しながら顔を伏せる。
(いや本当、あり寄りのありありなんですけれども‼︎)
赤くなりながらうつむくリアーヌの耳にコツコツコツと馬車の壁を叩く音が聞こえてきた。
その音に反応するように音のしたほうを見ると、ゼクスが自分の背後――御者台があるほうの壁を叩き、なにかの合図を送ったようだった。
ゼクスと目があったリアーヌはこてんと首をかしげ、言外に「何をしているのか?」と、問いかけた。
「――実はちょっと話がしたいからって……遠回りしてもらってたり?」
「……言われてみれば⁉︎」
ゼクスの言葉に、リアーヌは目を丸めながら窓の外を見つめる。
結構な時間、ゼクスと話をしていたと言うのに、馬車はまだ、花園近くの通りを走っていた。
(そうだよね? 花園とうちだもんね⁇ 普通だったらもうとっくに着いてないとおかしいよね)
「アンナさんもオリバーさんも、学校じゃ絶対二人きりになんてしてくれないし……でもリアーヌにはさっきのことちゃんと伝えておきたかったんだ」
驚かせてゴメン。 と続けたゼクスに、リアーヌはフルフルと首を振りながら「そんなこと……」と言葉を濁した。
「――……そういえば、確かに王都で馬車に乗る時は二人きりでも大丈夫なんですかね……? この間の旅行の時はアンナさんも一緒だったのに……乗ってる時間の兼ね合いですか?」
「厳密に言ったら二人きりは良くないんだけど……でもこの王都でそこに配慮してたら、旅行用のデカい馬車を使うことになるだろ? そんなことになったらすれ違うだけでも大変だし事故だって起きやすい。 ――お忍びで来てた王族の馬車と接触した――なんて、誰だって避けたいだろ?」
「……有名どころの貴族ともゴメンなんで、小さな馬車に乗れない時は徒歩でいいと思います」
「それはアンナさんたちが認めないかも……?」
「あー……」
言われてみれば、と口元を両手で覆ったリアーヌと、不満げに顔をしかめたゼクスがしばらく見つめあう。
やがてどちらからともなく吹き出し、ケラケラと楽しそうな声を上げて笑い合った。
「――次は俺と鍵かけてくれる?」
ひとしきり笑い合ったのち、ゼクスは改めてリアーヌにたずねた。
「――はい」
恥ずかしそうに前髪をいじりながらも、嬉しそうに口元を歪ませながら答えるリアーヌ。
「鐘も鳴らしてくれる?」
「はい!」
「……アーンもしてみる?」
「二つ買いましょう!」
「……好きなだけ買ってあげる」
「素敵⁉︎」
「わぁ……いいお返事」
なかなか長続きしない甘い空気に、ゼクスは面白くなさそうに口を窄めながら頬杖をつき、窓の外に視線を流す。
そしてそのまま、グチるように話し始めた。
「大体、今日だって俺じゃダメだったの? 何でわざわざビアンカ嬢⁇」
「え、だって……ゼクス様はもうSクラスだし……悪いかなって」
「……――悪いかな……?」
「はい。 嫌じゃありません? せっかくSクラスなのにAクラスに落ちちゃったら……」
リアーヌは口をモゴモゴさせながら「クラス落ちって思ってる以上にダメージ大きいって聞きますし……」と続けた。
「――待って? ……ん?」
「え⁇」
リアーヌの願掛け内容が『二人一緒にSクラス入り!』だと信じて疑わなかったゼクスは、噛み合わない話の内容に困惑し首を大きく傾げる。
「……願掛けだって言ったよね?」
「はい」
「……クラス分けの願掛けでしょ?」
「そうですね?」
キョトリと不思議そうに受け答えをしているリアーヌに、ゼクスは心の中に湧き上がった疑問をぶつける。
どうか否定してほしいと願いながら。
「……もしかしてAクラス残留?」
「えっと……つまり、もちろん私だって無事にSクラスに上がれるのが最善だってことは分かってますよ?」
「うん」
「でも……もしも――もしも、ですよ? 万が一にも私がAクラスに残ることになっちゃった場合は、ビアンカもAクラスに留まってくれないかなー……? なんて⁇」
「うわぁ……」
それはゼクス渾身の、ドン引きの「うわぁ……」だった。
「わ、私たちズッ友なんで! ニコイチっていうか……――片方だけSクラスとか、そういう関係じゃないんでっ!」
ドン引きされたことに少なくはないショックを感じたリアーヌは、視線をキョドキョドと揺らしながら必死に言葉を重ねる。
そんなリアーヌにゼクスは乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
「……そ、それにほら、ただの願掛けって言うか……――そうだったら良いのになぁー? 程度のものですし⁉︎ グレードで言ったら下も下の願掛けですよ! 「空からお金降ってこないかなー……」的な⁉︎」
「…………一緒のクラスになれるといいね?」
「……はい」
かなりの間を置いて、絞り出されたゼクスの言葉に、リアーヌは肩を落としながら静かに頷き返した。
「――あれ……? ゼクス様も願掛けしてくださる⁇」
さっきまでの会話を総合しその結論に至ったリアーヌに、ゼクスの顔が盛大に引きつる。
「……俺がやりたいのは縁結びの願掛けであってね……?」
リアーヌと鍵をかけることはゼクス自身が望んだことではあったのだが、ここで安易に頷き、クラス落ちなどと言う目にあったら笑えない……と、ゼクスはやんわりと断りの言葉を口にした。




