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「だって……理想、とかは……」
(――私だって私のことを客観的に判断したりできるんですよ……?)
リアーヌからの疑わしげな視線にゼクスは肩をすくめながら答える。
「婚姻関係を結ぶ条件や希望なんて、その家によって違うよ。 それに個人の希望だって当然違ってくる」
「だからって……」
「ボスハウト家は王家に連なる家――この看板は大きいだろ?」
「……まぁ、確かに?」
(他の王家に連なるお家は、ガチで王家の血筋が濃ゆいお家になっちゃうもんねー……もれなく公爵家だし。 ……いくら超お金持ちでも平民の商家には嫁がなそう……)
「それに加えて結婚相手の家に力がありすぎるのも困っちゃう。 乗っ取られて食い物にされるなんてゴメンだし」
「――そこは問題ありませんね⁉︎」
なんの迷いもなく言い切るリアーヌに、ゼクスは曖昧な表情を浮かべて肯定することも否定することも、それについて発言すること自体を控えたようだった。
「……あの時、素早く契約したのマジで英断だったと思ってる……――あとは……」
そう言いながらゼクスは言いにくそうに鼻を指で擦りながら一度口をつぐんだ。
しかし首を傾げながら話の続きを待つリアーヌの姿に苦く笑うと、ため息混じりに話の続きを喋り始めた。
「――俺の好みの問題として、ザ・お嬢様! な娘に来られても困るよなぁって思ってた」
「ザ・お嬢様……――レジアンナ的な?」
「――……そこはまぁ、ノーコメントだけど……――俺も家族もみんな庶民なんだよ、従業員も含めてね? ――もっと言うならうちの客の殆どが平民なわけだ。 ……それなのに、周囲にマナーや立ち振る舞いを求める娘はちょっとね……?」
「あー……」
(確かにそれは色々疲れそう……)
「仕事して帰って、家でまで営業スマイルでいるのもゴメンだし」
「営業スマイル……」
「家にいる時ぐらい普通にしてたじゃん?」
「――普通?」
「言葉づかいもマナーも気にしなくて、一緒に肩の力抜いてくれる娘が良かったんだよ」
「――いいんですか⁉︎」
ゼクスの言葉にリアーヌはかつてないほどに瞳を輝かせながらたずね返す。
マナーや立ち振る舞いにヘキヘキしているリアーヌにとって、その言葉は天使からの祝福のように輝きを持って聞こえていた。
「……リアーヌはアンナさんに怒られない程度でね?」
「ズルい⁉︎」
「いやいや、たとえ俺が許可したって、アンナさんは許してくれないって!」
「――それは……確かに?」
面白くなさそうにブスくれながら同意するリアーヌの表情に、ゼクスはふふっと笑いを漏らす。
「――ほら、リアーヌがいい」
「いいって……」
「結婚しても、俺とこんな風に喋ってくれる人がいい。 美味しいってとびきりの笑顔を見せてくれる君がいい。 ビックリした時は目を大きくして、楽しい時は声をあげて笑って、怒った時はこっちがハラハラするぐらい感情をぶつける君がいいんだ」
「えっと……」
(――なぜだろう? 見せかけのトキメキの向こう側に、ものすごいディスが潜んでいる気しかしないんですけど……⁇ )
「ぶふぁ」
眉をひそめながら首を傾げるリアーヌを前に、ゼクスは堪えきれなかった笑いを噴き出した。
(――あれ? これもしかして全部が冗談だったりします⁇ もしかして私からかわれてる⁉︎)
ジロリ! と、ゼクスを睨み付けるリアーヌの様子に、ゼクスはさらにクスクスと笑いを深くし、なだめるようにまぁまぁと両手を動かしながら話し始めた。
「ふふふっ ――不機嫌になったらそうやって顔に出してさ、全力で『私不機嫌です!』って」
「――不機嫌ですけど⁉︎」
(それがなにか⁉︎)
「……お人好しだなって呆れるぐらい優しい君が良いんだ」
「お人好しって……」
(それはもはや褒め言葉ではない……!)
「――たまにズルするけど頑張り屋な君がいい」
「……まぁ、しちゃいますよねー?」
「家族想いな君がいい……」
そう言いながらゼクスはそっとリアーヌの手を握った。
動揺したように視線を揺らすリアーヌだったが、その手を振り払うことはしなかった。
そのことに気がついたゼクスは微笑みを深くすると、少し顔を近づけ囁くように言う。
「――君がいいんだ」
「あ……」
ゼクスとの距離感に耐えきれず、顔を伏せようとしたリアーヌだったが、それよりも素早くゼクスが動き、その頬にチュッと小さなリップ音と共にキスを残した。
かあぁぁぁっと顔を赤く染め、俯くリアーヌのつむじに向かいゼクスは語りかける。
「――俺、頑張るから」
「……え、頑張る……?」
俯いていた顔をピクリと動かしながし、チラチラとゼクスをうかがいながらリアーヌがたずね返す。
「リアーヌがちゃんと安心して俺のこと好きになってくれるように?」
「おう……」
「言葉も頑張るけど、行動でも示してくからね?」
そう言いながらゼクスはリアーヌの手を握っている片方の手を外し、スルリとついさっき口付けたリアーヌの頬を撫で付けた。
「ひょ……」
奇妙な悲鳴をあげたリアーヌは、うつむいたままギシリと身体を硬くする。
しかし、その表情は見えずとも、真っ赤に染まった耳がその表情をゼクスに伝えていた。
「ふふ……――ちょっとは脈アリ?」
「……あ、り……?」
(いや、こんなことされなくても最近はずっとあり寄りのありだったんですけれども!)




