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嗜められたリアーヌは、不服そうに唇を尖らせながらも、叩き落とされた手をゆっくりと開きながらビアンカを指すのだった。
(気分はバスガイドかデパートの案内嬢よ……――あ、親指だけは手のひらにくっつけなきゃいけないんだよね……――はい完璧!)
「……ちなみにビアンカ嬢と誰の鍵?」
無言で視線を絡ませ合い戯れ合うリアーヌたちに、探りを入れるようにゼクスが声をかけた。
「え、私ですけど?」
「……ん?」
心底不可解そうに首を傾げるゼクスにリアーヌも不思議そうに首を傾げ返す。
そしてさらに説明の言葉を重ねた。
「私とビアンカのクラスが別れないようにするための願掛けです」
「――なるほど?」
その言葉にゼクスはようやく納得し、ホッとしたように大きく息を吐き出した。
家族や親子で鍵をかける客が居ることぐらいは把握していたゼクスだったが、婚約者である自分を差し置いて、ビアンカに声をかけられれば面白くはなく、――まさか……? と勘繰る気持ちも芽生えていたようだ。
(仲良いのを知ってるだけに、ちょっと邪推しちゃうよねぇ……)
そう愛想笑いを浮かべるゼクスの奥、ビアンカの隣では、パトリックもまた愛想笑いを浮かべながら、胸を撫で下ろしながらビアンカに話しかけていた。
「なんとも可愛らしいお願いじゃないか」
「……鍵に名前を書くぐらいでしたら構いませんわ」
「やった!」
「……ズルいですわ」
手を握り締めながら喜ぶリアーヌに、恨めしげな声がかけられた。
「……レジアンナはもうSクラスじゃん」
リアーヌはその声の主――レジアンナを見つめ、肩をすくめる。
「それはそうですけれど……」
レジアンナはそう言うと、面白くなさそうに顔をしかめ唇を尖らせる。
「おやおや……――愛しい方、そんな愛らしい顔を私以外に見せないで……?」
そう言いながらレジアンナの顔を自分の方に向け、手や腕で顔を隠そうとするフィリップ。
「……まぁフィリップ様ったら……」
顔を赤く染めモジモジとフィリップを見つめ返すレジアンナ。
そんな婚約者を満足そうに、愛おしそうにフィリップが見つめ――
「……私とネジの話しない?」
そんな二人を見つめ、うんざりした様子のリアーヌがビアンカに話しかけた。
「……――鍵でも買っていらっしゃいな」
少しの葛藤の後、グッと何かを飲み込んだビアンカがリアーヌに答えた。
「はぁーい……」
「あ、俺も付き合うよ」
返事をして席を立ち上がろうとするリアーヌにゼクスが続いた。
出口へ向かうリアーヌの背中からビアンカとパトリックの疲れたような会話が聞こえてくる。
「……今日はいい天気だね?」
「ですわね? ――暑いくらいに……」
「ハハハ……」
その後、ビアンカと二人で名前を書いた鍵を柵にかけ、願掛けを完成させるとリアーヌたちは花園のみやげもの屋に寄って、今日のトリプルデート記念にお揃いのペアキーホルダーを3組購入した。
金色の南京錠と鍵のペアで鍵穴と鍵の先端がハートの形になっているものだ。
「可愛いねー?」
「ふふっ そうね」
三人並んでキーホルダーを顔の前に掲げてながら、キャラキャラと笑い合う。
「ペアも嬉しいけど、二人とお揃いなのも嬉しいわ?」
ハニカミながらレジアンナが言ったその愛らしさに、リアーヌはレジアンナに抱きつきなが「可愛い!」と大きな声を上げたのだった。
――すぐさま心の狭い婚約者によってレジアンナをさらわれてしまうのだったが……
(――ちくしょう……あれ? これ、ペアキーホルダーを買って、私たち三人がお揃いってことは、ゼクスとフィリップもお揃いってことじゃ……? ……――やめよう。 あんなに喜んでたレジアンナを悲しませてはいけない……)
◇
花園からの帰り道、馬車の中で向かい合っているリアーヌとゼクス。
しかし、ゼクスは窓枠に肘をつき頬杖を付きながら、不満げな表情をリアーヌに向けていた。
「まさかビアンカ嬢に先を越させるなんて思ってなかったなー?」
「えぇと……?」
キョドキョドと視線を揺らしながら伺うようにゼクスを見つめ返すリアーヌ。
なぜゼクスがここまで不機嫌になっているのか、分からなかったのだ。
「あーあ。 俺、婚約者なのになー?」
「その……」
(……もしかしなくてもゼクスも私と鍵かけたかった的な話だったりする……?)
「――ちなみに次は誰と鍵かける予定なの?」
「その、ですね……?」
「うん」
「……かけて、くださいますか……?」
リアーヌは頬を赤く染めながら、チラチラとゼクスに視線を向けつつ言葉をかけた。
その発言にゼクスは満足そうな笑顔を浮かべ、もったいぶりながら口を開く。
「光栄です」
「ありがとうございます……」
赤くなった頬を隠すように俯いたリアーヌはポソポソと呟くように言った。
そんなリアーヌを見つめ、ゼクスは真剣な表情になると、そっとその手に手を伸ばした。
その手に気がついたリアーヌがパッと顔を上げ、思った以上に近付いていたゼクスの顔をギョッと身を引いた。
そんなリアーヌの態度にクスリと小さく笑いながらゼクスは優しい声で語りかける。
「ねぇ、リアーヌ?」
「は……はい?」
「その、さ? 俺たちの始まりって特殊だったから、俺を信用できないのかもしれないんだけど……――まぁ誰が悪いって俺が悪いんだけどさ?」
「えっと……?」
ゼクスの独白に困惑の声を上げるリアーヌ。
どうしてそんな話をされ始めたのか、本気で理解できていなかった。




