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「――未婚の娘っ子なら給金を倍にしてもいいのか?」
大柄の男性が手を上げながら言う。
その言葉にギョッとするゼクスだったが、村人たちはその男自身――もっと言うならばその男の職業を知っているからこそギョッと目を剥いていた。
その男性は猟師だった。
山で動物を狩ったり、村に降りてくる害獣を狩ったりするのが仕事だったのだが――
その仕事は重要で村にとって必要なものだと誰もが理解していたが、その仕事内容は、この村の中で一番血生臭く、若い女性が忌避する一番の職業だと言っても過言では無かった。
「いやぁ……お前んトコはよぉ……?」
村人の一人が言葉を濁しながら言葉を紡ぐ。
言外に「無理なんじゃないか……?」と語っていた。
「だから倍額出す。 嫁に来いって言ってんじゃねぇ。 仕事してくれりゃいいだけだ」
「……未婚限定ってなら、狙いは嫁なんじゃねーのかよ?」
その言葉に渋い顔をした漁師は、顔をしかめたままポソポソと言葉を吐き出す。
「……もしも、うちの仕事に拒否感が無かったり、我慢できそうな娘っ子なら嫁っ子にもらえねぇかと……」
「あー……お前んトコの15だったか?」
「もうすぐ15になる。 そろそろ捕まえてやりてぇ」
「……お前んとこはなぁ……?」
男性の同情的な視線に、猟師はまた顔をしかめるとフンッと鼻を鳴らした。
「体張った仕事だから儲けだって悪かねぇ、毛皮もふんだんにあるから冬でも凍えさせねぇし……――肉なら食い放題だ」
「そりゃそうだが、そんなんに釣られる食い意地の張った娘っ子――……」
男はそこで言葉を切り猟師と見つめ合う。
そしてゆっくりとゼクスを見つめた。
その場にいた村人たちもゼクスに視線をやりながら頭の中では一人の少女を、村の子供たちと同じように大きな口を開けて目を輝かせてものを食べ、物怖じせず村人たちの輪に入り込む少女のことを思い浮かべていた。
「――ちなみにですけど……念のためですけど? ――俺、婚約中ですからね? みなさんご存知だとは思いますけど婚約者がいるんですよ。 つまりは未来のお嫁さんがいるってことなんですけどね⁇」
ゼクスは村人たちがなにを考えているのか的確に理解し、牽制するように、にこやかに言い放つ。
「おらぁなにも……」
「言ってねぇよなぁ……?」
なにかをごまかすように顔を見合わせ、モゴモゴと答える村人たち。
「――まぁ、嫁を探すのにはちょうど良いとも言えるな?」
「……だな? 少しでも仕事して暮らしぶりが分かってりゃ、話もまとまりやすいだろ」
ディーターと親方もフォローするように声を上げた。
「……あくまで職業の斡旋所ですよー」
ゼクスは困ったようにため息をつきながら声をかける。
「――細けぇことは置いときましょうや!」
ヘラリと調子よく笑った村人がそういい、周りもその言葉に乗るように口々に賛同していく。
「……ご婦人方がメインですからね? 未婚者ばかりの依頼はリアーヌの望みと反しますからね⁇」
呆れたような表情で眉を下げながらも、しっかりと釘は刺すゼクス。
村人たちはその言葉にヘラリと笑いながらも、互いに視線を交わし合い、そっと首をすくめるのだった。
「重ねて言いますが、先程説明した学校を作るので、これまでよりはご婦人方の予定が空く、その空いた時間で仕事をしてくれるなら今の人手不足の解消に一役買ってくれるかもしれない――という話ですからね?」
「……初めは未婚者でも嫁になりゃ……」
「早ぇか、遅ぇかの違いだよなぁ……?」
未婚の子供たちを持つ親たちは、諦めきれずにそんな話をコソコソと言い合うが、ゼクスにギロリと鋭い視線を向けられてその口を真っ直ぐに引き結んだ。
しかし、その顔に明確な不満の色を読み取ったゼクスは、ちろり……と集まった村人たちに視線を走らせる。
そして、そんな不満を抱えた村人たちが、自分が想像している以上に多いことを理解したゼクスは、ため息をつきながら言葉を続けた。
「……独身の者に限り、この村以外の者でも登録することが出来るようにしておきますから」
「おおっ⁉︎」
「外からの嫁っこか! また人が増えるな?」
「来るか……?」
「……せめて山の麓まででもちゃんとした道がありゃなぁ……?」
ゼクスの言葉に喜び、口々に好き勝手なことを言い出した村人たちは再び顔を見合わせると、ゼクスに向かって声を揃えた。
「――男爵様、セハの港からの道さっさと通してくださいよ……」
「……俺だって早く通したいんですけどね?」
(みなさん村でのお仕事に熱心で、労働納税は最低限しかやってくれないからじゃないですかねぇ⁉︎ 普通に作業員募集しても集まりが悪いですし⁉︎)
そんなゼクスの内心など知らない村人たちは、まだ見ぬ未来を思ってはしゃぎ合う。
「道が出来たら、王都からの嫁っこも来るかも知れねぇな⁉︎」
「お嬢みてぇに優しい娘がいいな?」
「だなぁ。 よく笑ってよく食って……よく遊んで、ってかぁ?」
村人たちはリアーヌの行動を思い返し、茶化すようにゲラゲラと笑い合う。
しかしそれは悪意のあるものではなく、愛情に溢れたものだった。
「……早く道引いてほしいなら、冬の間だけでも仕事引き受けてくれたっていいんですよー……?」
話題に上がったのが自分の婚約者であることに、顔をニヤけさせたゼクスは、そのままの表情で村人たちに協力を依頼する。
言葉としては茶化していたが、ゼクスの切なる願いでもあった。
――村人たちには苦笑いでかわされてしまったが……




