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「ポプリの袋作りですよ?」
キョトンと目を丸めながら、当たり前のことを聞いてくる男性に首を傾げながら答える女主人。
「……自分で作りゃ丸儲けじゃねぇのか?」
「儲かるのは良いことですけど、そろそろお休みだって欲しいんですよねぇー。 それに、せっかく戻ってきた弟たちにポプリの袋しか作らせないってのも可哀想ですし?」
「あー……どっか有名な店で働いてたんだったか?」
「セハの港ではオーダーで服を作ってたんですよ? 型紙から自分たちで引いてたってのに、村での仕事はポプリの袋作りって……儲かっちゃいますけど、さすがに勿体なさすぎますよ。 それに……服なんか、景気がいい今が一番の売り時でしょ?」
「……確かに。 そろそろいい服の一枚でも着てぇな……?」
男性の答えに、女主人は我が意を得たり! とばかりに笑顔をつくった。
「休みかぁ……」
そう呟いたのはパン屋の主人で、その呟きを聞いていた周りの者たちも、似たような表情でなにごとかを考え始める。
搾取されるだけの日々が終わり、収入は上がり生活は豊かになった――
今までがむしゃらにやってきたからこそ、休息という贅沢が一段と魅力的に感じられた。
「……飯や掃除の分だけでも楽さしてやりてぇなぁ……」
青年が母を思いながら呟くと、その言葉にハッとした表情を浮かべるものが幾人も現れた。
「……だよなぁ? 家のことなんか休みなしだもんなぁ⁇」
「ちょっとの手間で休ませてやれるなら……」
そんな会話がそこかしこから聞こえはじめ――
ゼクスは心の中で(井戸端会議しながらきっちり休んでたみたいですけどねー)と肩をすくめていたが、すぐさま(――でも、だからって疲れてないわけでは無いだろうし、休みが必要じゃないわけでもないか)と、思い直す。
「ああ、それとここの片付けも依頼しようと思ってるんだけど、かまわないかな?」
ディーターに向かってゼクスは声をかけた。
予算はラッフィナート側から出るので、この言葉は相談というよりも、決定事項の連絡という意味合いが強かった。
「――もちろんでございます」
そう答えたディーターを意味ありげな視線で見つめ続けるゼクス。
心の中では「これってあなた方がとても恩を感じているリアーヌの発案なんですけど、まさかあなたがスルーするなんてことありませんよねぇ⁇」と、全力で圧をかけていた。
さすがにその考えの全ては伝わっていないようだが、ゼクスからの圧とリアーヌが関わっているということをきちんと把握していたディーターは、小さく肩をすくめると困ったように口を開いた。
「農園では――従業員に出す食事の調理手伝い、片付け手伝い……――うちの倉庫の掃除も依頼できればと考えています」
ディーターの答えに満足そうに頷くゼクス。
炭屋の親方は、ゼクスが多少圧をかけてこようとも、子育て中の女性たちを雇うつもりなどさらさらなかったのだが、今ディーターが上げ連ねた仕事を女性に手伝ってもらうのは魅力的だと感じていた。
「――その斡旋所への依頼ってのは、条件もつけられんですかい?」
「……仕事内容は多岐にわたるだろうと考えているよ?」
ゼクスは炭屋の親方からの質問に、不思議そうに首を傾げながら答える。
「……若い娘っ子限定って依頼してもいいんで?」
親方が発した言葉に、その場の空気がギシリッと凍りついた。
「そういうのは……」
「いきなりなにを言い出すんだ⁉︎」
少しの沈黙の後、いち早く反応を見せたのはゼクスとディーターだった。
その咎めるような口調に、親方はぶすりと顔を険しくしかめながら反論する。
「人妻だろうと子育てしてようと、若くて小綺麗な娘っ子に料理渡されたり茶の一杯でも注いでもらえば、若ぇのは張り切るんだよ。 ――もっと言っていいなら未婚の娘っ子がいいんだがな?」
その言葉に、親方に非難的な視線を向けていた者たちの視線が揺れる。
それどころか期待がこもった視線をゼクスに向ける者たちまで現れはじめた。
「……そういう斡旋所じゃ無いんですけどねー……?」
周りの視線が自分なにを求めているのか理解しているゼクスだったが、その要望に応え、リアーヌの思惑とズレてしまうのは避けたかった。
しかし期待が込められた沢山の視線で見つめられ、困ったように息をつきながら言葉を紡いだ。
「あー……斡旋所を作って、そこに未婚者が登録して、なおかつその人が依頼を引き受けるのなら、未婚の女性が料理作りに行ってくれるんじゃないですかね……?」
ゼクスの言葉に、集まった者たちは顔を突き合わせながらヒソヒソと言葉を交わし合う。
「登録する子……いるか?」
「どうだろうなぁ?」
「――お前んトコのはどうなんだよ?」
「ああ……? あんなんでもいいのかよ⁇ おっかあに似て気ぃ強ぇぞ?」
「かまいやしねぇよ。 それに女はちっとぐれぇ気が強ぇほうが、家は安泰なんだ」
「まぁ……うちはおっかぁのおかげで安泰だわな?」
「だろ? 声かけとけよ」
「――言ってはみるが……約束はできねぇぞ?」
「ん、分かってる」
その男性たちの会話に周りの者たちの表情が明るくなる。
こんな小さな村の話だ。
あの男に結婚適齢期の娘がいることも、その娘が母親に似て可愛らしい容姿をしていることも、皆きちんと理解していた。




