258
画期的なアイデアだと感心していたゼクスだったが、リアーヌの言葉に聞き捨てならないものを聞き取り、真顔で詳しい説明を求めた。
「えっと……元々この話はうちのお抱えさんと喋ってた時に思いついた方法で……」
(――本当の大元は、元の世界の他の国の、警官が制服で店に入って来てくれるならドーナツサービスする! ってアイデアなわけですけどー)
説明しながらリアーヌはこっそりと肩をすくめるが、そのことがゼクスに伝わることはないようだった。
「店先でお茶振る舞ったり、挨拶してみたり、ちょっとしたお菓子あげてみたり? そんなちょっとのことなんですけど、周りから見たら「あ、あの店警邏隊の人と仲いいんだ……」ってなるじゃないですか?」
「……なるね?」
「そしたら悪い人は店の前通るのも避けるんじゃない? って話をしまして……――実際最初は良かったんですけど……」
「……けど?」
「……その話を聞いた他のお抱えさんや、近所の店までそれをやり出して……」
「あー……」
「最後には警邏隊の偉い人から『仕事に支障が出るため、一切の接待を禁ずる』ってお達しが……――その話をヴァルムさんが父さんにしてたんで、多分店だけじゃなくうちにも苦情が届いたんだと……」
「……全部の店でやられたらね?」
「なので今は、姿を見かけたら挨拶する程度に落ち着きました」
「なるほど……――今回もそうなるか……? いや、情報を秘匿してしまえば……――どちらにしろ挨拶だけでもかなりの抑止力になるか……――うちのカフェでもやらせたいぐらいだ」
ゼクスはアゴに手をやりながら、少々人の悪い顔つきをしながらブツブツと考えを口にしていく。
「あ、なら、警邏隊の制服を来ている人は、たとえお休みの日でも、順番待ちなしでお菓子一個タダってどうでしょう?」
「……それなら店の中まで呼べて、休みの日なら仕事の支障にもならない……――リアーヌ天才!」
リアーヌはゼクスの褒め言葉を聞きながら得意げに胸を張り、鼻を高くする。
(……――あの制服、休みに日に勝手に使って良いものなのかは知らないけどー。 でも洗濯は自分の家でやるっぽいし、この世界SNSの炎上とかも無いから、どうにでもなるかー)
「警邏隊が立ち寄る店にちょっかいかけるバカもいないだろうし、騒ぎを起こそうって奴も大人しくなる――いいこと尽くめだ」
感心したようなゼクスの言葉に、リアーヌはニヤリと笑いながら人差し指をピンと立てながら口を開く。
「――もう一個良いことが……」
「……もう一個?」
「――警邏隊の人たちは街の女の子たちの憧れです」
「――……お客さんまで増えるじゃん」
「間違いありません……!」
ニヤリと笑い合う二人の姿は、仲睦まじい恋人同士と言うよりも、悪巧みをしている仕事仲間といったほうがしっくりくるものだったが……――実際にしているのが金儲けの話だったので、そう見えてしまっても仕方がないのかもしれない。
「――でもこれを詰めるのは帰ったらかなー。 親父とも交渉しないと。 ……寮……来年は無理かなぁ……」
「……そうなんですか? カフェの従業員だって十人もいないですよね?」
「この村から行っているのは六人だね」
「だったら学校通う人が数名出たとしても、多くて十人程度……――ちょっと広めのお屋敷にとかだったら広い寝室があって応接室があって子供部屋に使用人の部屋――仕切りを足せば普通に十人ぐらい暮らせそうじゃ無いですか?」
「――言われてみれば……希望者が少ないならその規模でいいのか……――なにはともあれ、ギフト持ちの入学資格がどうなってるかのかの確認が先だよねー。 資格が無くなっちゃってたらぬか喜びさせることになるし」
「確かに。 それに今の村に必要なのはこの村の学校ですもんねー」
そんな会話を交わし、リアーヌを見送ったゼクスは、ギフト持ちの扱いや、学校の原型となる施設の設立、そしてリアーヌからの相談事でもある斡旋所について話し合うため、各店の代表者を呼ぶため、ディーターに声をかけた。
◇
「斡旋所、ですか……」
ゼクスからの説明を聞き終わったディーターは、少し考え込むように呟きながら、周りの反応をうかがうように、視線を巡らせる。
各代表者たちの反応もディーターと大して変わらず、不満を隠すように表情を取り繕いつつ、周りの出方をうかがってているように見えた。
ゼクスが領主になってから生活は楽になった。
収入は増え、豊かになり、ようやく家族が戻ってこられた家も増えた――しかし、だ。
欲しい人手は肉体労働も出来る人材であり――少なくとも、子育てを優先する者たちを雇いたいという気持ちは皆無だった。
「あんまり乗り気じゃ無いみたいですねぇ?」
代表者たちの顔を見回し、肩をすくめながらゼクスが言う。
「――こう言っちゃなんだが、雇うなら女より男だし、同じ女でも子育てしてるのよりしてねぇのを雇いてぇ」
炭屋の親方は言いにくそうにしながらも、ぶっきらぼうに言い放つ。
その言葉に曖昧な態度を取りつつも、同意するように頷く者が多い。
――親方の言葉は、この場にいるほとんどの者たちが隠している本音だったようだ。
「ーー私は依頼しますよ」
そんな者たちを見回しながらそう口にしたのは、仕立て屋の女主人だった。
「……どんな仕事頼むんだ?」
近くに座っていた男性が小声でたずねるが、みんなが女主人に注目している中だったので、その言葉を聞き漏らした者はいなかった。




