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絶対王政などとは無縁の、国民全てが皆平等――と言うことが大前提だった世界の常識が捨てきれないリアーヌと、王族は絶対的な支配者、貴族にも絶対服従――という常識を持つ元平民のゼクスとの間には、未だに理解し合えない大きな隔たりがうずたかくそびえ立っているようだ。
「だって、これが通れば学院で貴族と関わって、ちょっと慣れてくれるかもしれないのに! そしたらきっと未来の代官を目指してくれる人、何人かは出てきますよ?」
(代官ってその土地で結構デカい顔できるから働きやすいと思うし。 それに……資格があったのに通えなかったとかもったいない!)
リアーヌは唇を尖らせたまま不満げに顔をしかめた。
「そのくらいで慣れてくれるといいんだけど……――それに数年遅れの入学が許可されても、現実的な問題も出てくる」
「……王都は遠い的な?」
「まぁ確かに遠くはあるんだけど……免除費用に学生寮の金額は含まれてないんだよ」
「それは……」
「……代官候補生としてなら面倒を見る気があるけど……――なってくれないならうちもそこまではしてあげられないかなぁ……?」
困ったように肩をすくめながら言うゼクス。
貴族と関わらないようにしようと思えば、いくらでもそれが出来てしまえる専門学科に入学して、貴族に慣れる者が出てくるのか――その辺りも疑問に感じているようだった。
「……格安の寮みたいなところを作ってあげることもできませんか?」
「寮……?」
「ここの村の人なら誰でも利用できる的な……――カフェで働く人たちの社員寮的な!」
リアーヌは思いついたアイデアにワクワクと胸を膨らませながら、輝く瞳をゼクスに向けて力説する。
その脳裏では、少し広めのお屋敷の中で複数の人々が助け合いながら、楽しそうに暮らしている映像が見えていた。
そしてそこに馬車で訪れる家族たち。
荷馬車いっぱいのおみやげを持って来て、王都のおみやげを村へと持ち帰り村の人々に話して聞かせる。
村の人々はその話を興味深そうに聞いて、火花を散らしながら次の馬車に乗る権利を賭けて話し合いを始めていた――
「寮かぁ……――今でもラッフィナートが持ってる建物を格安で貸してるし……まとめて暮らしてもらうって言うなら、問題も起こらない……――いや男女混合なら起こらないわけがない……?」
ゼクスが独り言のように、考え込みながら喋った言葉を聞いたリアーヌはギョッと目を剥いた。
「えっ⁉︎ だって村の人たち――カフェの従業員で料理自慢のおばちゃんが何人か出稼ぎに行ってますよね⁉︎」
「……行ってるけど?」
ゼクスはリアーヌの言葉の意味が分からず、キョトリと目を瞬かせながら首を傾げる。
「だったら問題なんておこったとしても、恋愛関係ぐらいじゃないですか?」
「……どうしてそう考えたのか分からないけど、家から離れた場所で気持ちが大きくなったり、ハメを外してしまう者は決して少なく無いと思うよ……?」
ゼクスは盗難や騒音といった、トラブル、そして性的な犯罪が起こってしまうのを危惧していた。
「でも、カフェのおばちゃんたちと一緒のトコなんですよ?」
「……君のその、おばちゃん崇拝はどこから来てるものなの……?」
当然のことのように、なんの疑問も持っていないリアーヌに、ゼクスは苦笑いでたずねる。
「……だっておばちゃんたちにバレたら村のみんな――それこそ家族にだってバレちゃいますよ?」
「そ、れは……」
ゼクスは想像していた以上に説得力のある抑止力を伝えられ言葉を詰まらせた。
この村の――いやどの地域に行こうとも、井戸端会議をしているご婦人方の情報収集能力と、その情報の拡散力は侮れない。
そしてこの村は、他所に比べて村人たち同士の距離が近く、その結束力も固い――そんな村での悪いウワサは、冗談でも大袈裟な話でもなく、家族、親戚に迷惑がかかるものだった。
(……騒音ぐらいだったら、トラブルになる前にお叱りのお手紙が保護者から届いて解決しそうだな……?)
「――リアーヌが言いたいことは分かったけど……それでも護衛は必要じゃないかな?」
「え、だってやらかしたら村に戻れないですよ? やらかし度合いによっては家族すら村にいられないですし……」
「それでもだよ。 万が一が起こったとき「おばちゃんに任せておけば間違いないと思った」……なんて、口が裂けたって言えないし、外からやってくるトラブルや犯罪者だっている」
「あー……その想定はしてませんでした」
(……でも村の男の人っていくらだって仕事があるわけだけど……王都行ってくれるかなぁ? ――外からのトラブルを防ぐ目的なら……)
「あ、警邏隊の人にお願いしときます?」
「え、警邏隊?」
またもやゼクスは、リアーヌの話の流れが掴めず、目を瞬かせる。
「はい! この家の前見回る時は、中にまで寄ってって下さーいってお願いするんです。 お茶やお菓子用意して――あ、カフェのお菓子が良いですね! 警邏隊の人たちが出入りしてる建物だったら外からのトラブルってものすごく少なくなると思いません?」
「――それは……なるだろうね?」
(なんなら貴族――俺みたいな男爵ではなく、警邏隊に顔の聞く侯爵レベルの貴族の関係者が住んでる家だって勘違いまでしてくれそう……)
「……あんまりやりすぎると、うちのお抱えさんたちみたいに、警邏隊の偉い人から苦情が届くと思いますけど……――寮は一つなんで、きっと大丈夫だと思います!」
「――ちょっとその話詳しく聞いても?」




