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「ねぇ、おばちゃんたちって縫いものとか繕うのとかは得意?」
「そのぐらいならやるけど……?」
会議に勤しんでいたご婦人方は、リアーヌの急な質問に目を白黒させながら答える。
「じゃあ、ほつれちゃった服や破けちゃった服を直してあげるお仕事とかどう⁉︎」
「どう……って?」
「たから、そういう店……? 誰かが代表で預かって、時間がある人が直す。 もちろん報酬は歩合制――って感じで!」
リアーヌの説明に、ご婦人方は顔を見合わせてなんとも言えない表情を浮かべ合う。
「……ダメ、かな?」
想定していた反応とは違うそれに、リアーヌは戸惑ったように首を傾げた。
「あー多分、なんだけどね……?」
やがて一人の女性が、言いにくそうに口を開いた。
「……うちの村の男どもは、その程度なら自分でなんとかしちまうと思うんだよ……」
「――でも独身の人や、不器用な人だって……」
リアーヌは女性たちが、自分の旦那や家族のことを想定して話しているのだと考え、やんわりとその考えを正すように否定する。
「……だけど……出来ちまうと思うんだよ」
「そう……なんですか?」
リアーヌの意見を聞いても考えを変えず、どこか気まずい表情を浮かべ周囲と顔を見合わせるご婦人方に、リアーヌは訝しむように首を傾げる。
「……――随分長いこと、強制労働させられてたからね……?」
「あー……ね?」
そしてためらうように伝えられたその説明に、うめくように同意することしか出来なかった。
(……もう何度目か分からないほどの再放送だけど……、前任者絶許やで……)
その労働に使う道具やテント、馬車の料金まで徴収されていたのだから、当然洋服の支給など、ありはしなかった。
そして、そんな環境に置かれた村人たちの生活が裕福であるわけもなく……
労働に出ていた者たちは、自分たちで道具を直し、テントや服を繕いながら生活していた。
その出来栄えはともかくとして、この村に金を出してまで服を繕って貰おうとする者は少数であり、ここに集まるご婦人方も、その事実をよくよく理解していた。
なんとも言えない空気になった井戸端会議はそこで一旦お開きとなり、リアーヌはご婦人方に「もうちょっと考えてみるー」と、声をかけながら自主視察に戻っていく。
(なにか良いアイデア無いかなぁ?)
と、頭を悩ませながら。
その時、脳裏に浮かび上がったのは、子供の頃に世話になった写本のバイトを回してくれていた親方の姿だった。
(おばちゃんたちだって、ちょっとした空き時間で小遣いぐらいの金額を稼ぎたいって話なんだから、親方みたいな人が、ちょっとした仕事回してあげればいいだけなのにねー……)
そこまで考えたリアーヌは、直感的にその考えが限りなく正しいものであることを感じ取っていた。
(割り振ってあげる人が必要……? 親方みたいな? それってつまり――)
「斡旋所だ!」
リアーヌの上げた声は長閑な村によく響きわたった。
その声に驚きビクリと反応してしまったアンナとオリバーは、苦笑混じりで顔を見合わせると「お嬢様……?」と、嗜めるように声をかける。
「あ、ごめんなさ……」
「考え事しながら歩くと危ないですよ?」
「気をつけます……」
からかうように注意するオリバーに、リアーヌは首をすくめながら答えた。
「――斡旋所とは、先程のご婦人方のお話でしょうか?」
アンナはそう質問しながら、リアーヌがいつ躓いても助けられるよう、さりげなく場所を移動する。
「あ、そうです! ちょっとした仕事を頼む場所を作って、それを時間のあるおばちゃんたちに割り振ったらどうかなって……」
「なるほど……?」
「料金が普通よりも安い――なんて売り込みがあるなら需要も見込める――んでしょうかね?」
そういった事情には疎いアンナとオリバーは、そう言い合いながら首を傾げあう。
「……と思ったんですけど……」
リアーヌも雇う側の事情には疎かったので、断言することは難しく、首を捻りながら言葉を濁した。
「――ゼクス様にご確認するのがよろしいかと」
「……ですね!」
「今の時間ですと……――もうすぐ視察から戻られる頃でしょうか? 集会場でお待ちしますか?」
「そうします!」
元気よく答えたリアーヌは、その道すがら3つの井戸端会議に参加しつつ、集会所へと急いだ。
◇
「――斡旋所……」
なぜかリアーヌが到着するよりもだいぶ前に集会場に戻ってきていたゼクスに、リアーヌはご婦人方の事情を説明し斡旋所の設置を持ちかける
「まぁ、まとめ役とか顔役とか……名前はなんでも良いんですけど、仕事を請け負って、それを振り分けてくれる所があったら良いんじゃないかなって……」
「顔役……――リアーヌ以外に詳しいね?」
「だって私、写本のバイトしてた時、顔役の親方から仕事もらってたんですもん」
顔役とは、そのコミュニティで発言力の強い人物を指す言葉だ。
リアーヌはその親方に後ろ盾となってもらい、安全に写本のバイトをこなしていたのだ。
「なるほど……」
「私の場合、おやつのお菓子とか、ちょっとお高い調味料やお肉なんかが買えたらそれで満足だったんで、多少の手間賃取られてもなんの問題もありませんでしたし、その手間賃で周りとのトラブルや妙な依頼者から守ってもらえるなら安いぐらいだと今でも思ってます」
リアーヌの言葉にゼクスは感心したように頷いた。




